インドのピラニア

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あまり知られていない キモすぎる野球のシーズン成績をまとめてみた その3

ご無沙汰しております!スーモでーす!

 

 

いつもブログの記事を拝読して頂いて幸いです。特に野球の記事の方を読んでいただいているみたいで、私のブログ更新のモチベーションにもなっています。

 

 

 

今回は「キモ記録」シリーズ第3弾です。野球の底の奥深くに沈んだ怪記録を、単身探査機に乗り込んで、水圧と戦いながら紹介するこのシリーズ。なので帰還後は水圧で機体がミシミシ言ってしまうので、しょっちゅう更新出来ないのは申し訳ございません。自分のペースで頑張っていきます。

 

 

 

今年は今年で、短縮シーズンだからこその記録がわんさか出てきそうで楽しみですね。パ・リーグで柳田・吉田・近藤が、一体どれだけキモい記録を残してくるか楽しみです。

 

 

 

それでは早速行ってみましょうか!!

 

 

松井 秀喜 (2004) .298 31HR 108打点

 

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松井秀喜という、日本が生み出したあのゴジラのような怪物を、どういう選手なのかと適正な目で判断するというのは、野球における最も難しい事柄の1つと言える。

 

 

バックには長嶋茂雄という、日本の象徴の後継者として、手取り足取り指導されてきたという黄金の道を通り、その高すぎる期待に応え続けた。

 

 

その結果当時の国民的な人気を勝ち取り、2003年以降、つまり松井がアメリカに行ってからは、野球の地上波放送は軒並み数字を落とし、野球はお茶の間から姿を消していく。バック・トゥ・ザ・フューチャーで、主人公の家族写真が、兄貴の頭部だけ消えていくような感じで。

 

 

ダウンタウンM-1の紹介時に、「お笑いはダウンタウン以前と以後に分けられる」と紹介されるが、野球の「以前と以後」を分けるとするならば、それは松井秀喜なのでは?と私は考えている。

 

 

当時が思春期だった者としたら、松井が日本から居なくなった時の、野球の熱がスーッと引いていく、あのぼんやりとした不安を忘れることなど出来ない。今や「野球中継の為に放送を延長する」なんてことは、VHSや思春期を湧かせたフラッシュ倉庫の如く、文化のトマソンとして葬られてしまった。

 

 

イチローとの関係性も、松井秀喜という人物をぼやけさせる大きな要素と言える。

 

 

世紀末から21世紀初頭を代表する野球選手と謳っても誰も文句を言わないであろう2人。そして、別に仲が悪い訳でもないだろうそんな2人なのだが、往々にしてメディア媒体は不仲論を唱える。

 

 

しょうがない。あちらとて生活が懸かっているのだ。対立を煽った方がview数は伸びるに決まっている。生活の為なら人は簡単に鬼になれるのだ。

 

 

日本時代のイチローは一言で言えば尖っていた。それも半端じゃない尖り方である。まっすぐにメディアに答えることはない。ヒーローインタビューで「大相撲観に行きましょう」なんか言う人である。日本晩年のイチローを嫌っていた人は数えきれない程居たのも事実である。

 

 

それに比べたら、常にウィットに富んだ記者対応と、AVが好きで1000本は集めていると躊躇なく言える松井の方が人気が出るのは何の不思議でもなかった。しかし冷静に考えると松井の方が変人なのだが・・・。

 

 

よって、メディアの方も松井を持ち上げる記事が、ネット太平洋に不法投棄されるようになってしまった。その異常さを察知して過剰防衛するアンチも出てきた。ゴジラの事を色眼鏡で見る人も多くなった。「松井はMLBで一流だったのか??」と疑いの目を書ける人は、正直言って少なくないだろう。

 

 

だが、ここは私が断言しよう。松井秀喜MLBであっても一流だったし、ヤンキースにとって欠かすことが出来ない選手であったということを。

 

 

特に2004年はアンタッチャブルなシーズンといって良いのではないか。31HRは未だに日本人野手としてはダントツの数字で、20HRも大谷以外には達成していない。まぁ大谷が投手もやりながらなので、勿論一概には言えないけれども。

 

 

松井の成績の突筆さは、他のメジャーリーガーと比べると分かりやすい。

 

 

この年のHR数はア・リーグ11位で、ヤンキース内では3位。しっかりクリーンナップに恥じない成績をあげておきながら、打率はジーターより高く、打点に至ってはAロッド・ボンズよりも稼いでいる。

 

 

その下には、カルロス・デルカドやデレク・リーなど大物が連ねる。これらの大物はきちんとMLBを観ていないと、どれほどの猛者なのか皆目もつかない。米成績を適切に査定するには、アメリカの選手がどれ程のレベルなのかを、しっかり勉強することから始めるべきである。

 

 

勿論、打点というのは打順や運も絡む指標だから、手放しで称賛できる指標とはいえないが、とはいえフロックな実力でボンズを抜けるなら、これほど楽な商売ではない。

 

 

これにワールドシリーズMVPである。松井が獲った2009年以降、ヤンキースはワールドチャンピオンになれていない。10年単位で見ると、ヤンキースは初めて2010年代はチャンピオンになれなかったらしい。

 

 

松井がアメリカで残した足跡は、日本同様にゴジラのように大きな足跡だった。この事が分かってくれたら幸いである。

 

 

 

浅尾 拓也 (2011) 7勝 2敗 10セーブ 45HP 防御率 0.41

 

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10年ひと昔とはよく言ったものである。そして10年前といってもつい昨日のように、思い出が蘇ってくる。10年前の出来事と言えば、地デジに地震にトラスト・ミーである。口蹄疫にガソリン減税・燃油サーチャージも今や死語になった。死語になって良かった。

 

 

そして忘れちゃいけないのが、恐るべき投手至上社会を生み出した統一球である。

 

 

筆者にとっては最近の事でも、一世代年下の2000年代のミレニアム世代からすれば、その脳裏にしかと焼きつけた景色が、ほんのりノスタルジックなセピアが架かる。そんな古の記憶だったりする。だからこそ、この成績を今のうちにしっかりと書かなくてはいけないだろう。

 

 

 

野球界を襲った打撃氷河期は、打者のスイングをみるみるコンパクトに縮こませ、2点差7回の裏という、どう転ぶか分からない展開をゲームセットの合図と捉え、颯爽と野球ファンをお風呂に浸からせてしまったのである。そして、その野球に辟易とした筆者は、MLBへ乗り換えを決めてしまった。

 

 

そんな荒廃した凍える野球界に咲いた一輪の怪記録が、この浅尾の防御率0.41である。

 

 

そもそも、その前の年が21世紀を代表とする打高シーズンであるにも関わらず、日本記録である47HPを稼いだ身からしたら、この年の怪記録は、ある意味約束されたものだったのかもしれない。

 

 

平均球速149kmはこの当時のMLBの平均球速を越えていたし、それにお誂え向きの高速フォークと来たもんだ。ただでさえ、球が死ぬほど飛ばない環境下だというのに、1人だけメジャーリーガーの球を投げられて、おまけに並のレベルではないイケメンと、死に体の陰キャラにたたみかけて来るので、存在自体が反則ですわこれは。

 

 

そして、統一球時代の野球は、ヒットを4本打たないと点なんぞ入らない。2塁に来た時点で、外野手がめちゃくちゃな前進守備をかましてくるからだ。ほぼ確実に3塁で止まる。「阪神は○○イニングタイムリーが打てていませんね~」と、解説者から聞こえてくるのが、スポーツニュースの常套句と化した。

 

 

この年の中日は、お世辞にもいいチームだとは思わなかった。長年落合を支え続けた選手達が軒並みベテランもベテランになり、そのベテランを若手が越えられないという悪循環に陥っていた。あの鉄腕岩瀬にもサビが見え隠れしていたし、それを影ながら支えた高橋聡文は、去年の連投で真っ白に燃え尽きていた。ただ強いチームではあった。

 

 

そんな絶体絶命な中、勝つためには浅尾の負荷を上げるしか無い。79登板して、イニング数が87 1/3ということは、1登板で1イニング以上投げている計算になる。しかし、その数字をみて寧ろ「あれっ、そんなもんだったかな・・・」と懐疑的な目でみるほど、浅尾は投げまくっていた。8回から9回2アウトまで投げているシーンが色濃く残っているからである。

 

 

岩瀬も投げてはいたが、56試合で48 2/3なので、浅尾の交代後1アウトだけ、2アウトだけ取るような試合が常態化していた。落合監督は、ストッパーには据えることで岩瀬のプライドを保ちつつ、試合の行方は浅尾に委ねるという戦法で、奇跡のリーグの優勝を成し遂げた。日本シリーズをあの手この手でソフトバンクを苦しめにかかる様は、正しく鬼もドン引く鬼監督だった。この年の落合以降、これほどの厳しさを見せた監督は出てこないだろうし、時代的にも許しては貰えないかもしれない。

 

 

そして、細身の体をはち切れんばかりに投げる、浅尾の体に限界が来ていることは、どの野球ファンからみても"やっぱり"だった。翌年から球は走らなくなり、WBCに参加することができなかった。その当時の記事に"原因不明"のストレート減速*1という記事があって、「冗談きついな」とは思った。

 

 

 

野球ファンで、ましてやプロ野球選手なんか夢のまた夢な筆者からしたら、明らかに壊れるペースで投げ続けるのが、果たしてその投手の為になるのか、本望なのだろうか。その点については知るよしはないが、そういう生き方もありなのだろうと、浅尾から学んだことは疑いようがない。

 

 

ボブ・ギブソン(1968) 23勝 9敗 防御率1.12

 

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つい最近、アメリカで一時代を築いた名投手が、また1人旅立ってしまった。ボブ・ギブソンアメリカを代表する剛球投手である。

 

 

「逆に弱かったシーズンなんかあったっけ??」と思える位、ずっと強豪チームのままなカージナルスだが、この60年代は一段と強かったみたいで、後の300勝投手のスティーブ・カールトンルー・ブロックヤンキースで61HRを放ち一躍時の人となったロジャー・マリスなどが居た。

 

 

日本では、このギブソンよりも、major違いのジョー・ギブソンの方が有名だろう。明らかにボブ・ギブソンから取ったであろうキャラで、どちらも勝つためならビンボールも厭わない。性格がかなりトゲがあるので、一応調べてみた結果、ランディ・ジョンソンがモデルだったらしい。なんでだよ。

 

 

そんなあまり日本では馴染みの無い大投手だが、彼の残した記録で語りぐさになっているのが、1968年の防御率1.12である。

 

 

この年は、前述した浅尾の時と同じく、MLB屈指の投手有利な年だったらしい。何せ、防御率1点台が両リーグで7人も居て、2点台に至っては49人も居るのだ。そして3割打者は両リーグで6人しか居ない。こんな「右手に盾を左手に剣を」のようなシーズンがあった訳だが、首位打者ピート・ローズで軽く200安打を達成していたりする。役者が違い過ぎた。

 

 

 

そんな1点台乱立の乗るしかねぇビックウェーブに、この上も無くサーフィンして見せた伝説の男ギブソン。34回先発して28回完投。そのうち13回が完封、そして挑んだワールドシリーズで17奪三振なのだから、完璧すぎて最早そっちの方がキモ記録なのではないかという"ゆらぎ"もあるが、これでワールドチャンピオンになれなかったので、つくづく野球は難しいものである。

 

 

この年のギブソンの残した成績に、コミッショナーは腰を上げた。この年以降マウンドの高さは15インチ→10インチに変更になり、打者有利になるように仕向けたようで、翌69年は1点台の選手は居なかった。これが今日まで変更されていないらしい。しかし、2点台は24人も居るので、依然として投高打低だし、ギブソンはしっかり2.18と纏めているので流石である。

 

 

しかし、ギブソンだけが1流ではない。69年のピート・ローズも200安打と首位打者を根こそぎ獲得している。この世代はキモ記録が満載らしい。そしてもう1人ルイス・ティアントというもう1人のキモ記録保持者が居たのだが、それはまた今度示すとしよう。

 

 


MLB ボブ・ギブソン シーズン防御率1 12

 

 

ボー・ジャクソン(1989) .256 32HR 105打点

 

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「天才は居る。悔しいが。」という競馬の広告が少し前に世に流れていた。

 

 

確か三冠馬の紹介かなんかで使われいたような気がする。本当に悔しいね。DNAにトレーニングなんぞ出来るわけもないから、てめぇの限界値を薄々感づいてしまう。それに気付いてしまった時が、この世で最も残酷な事実である。それを知り、尚も這い上がるのは並みの事ではない。

 

 

スポーツの世界では、より顕著に見られる。練習ではとてもじゃないが追い付けない傑物は掃いて捨てるほど居る。ましてやアメリカ。21世紀における究極のピラミッドに、人は酔いしれ苦虫を噛み潰す。

 

 

その才能のピラミッドの頂点に居るであろう選手が、これから紹介するボー・ジャクソンである。彼は2刀流で名を馳せた最初のスポーツマンである。ただ、彼の2刀流は大谷と一線を画する。

 

 

彼が二股をかけたのは、アメリカンフットボール。つまり野球とアメフトの2刀流だったのだ。恐るべきことに、そのどちらでもオールスターに出場したというスーパーアスリートである。

 

 

特に存在感を醸し出したのが1989年のシーズン。この年のジャクソンは、2刀流という環境下でありながら、HR数はAL4位。3位にはあのマグワイアが構え、盗塁数は26個と30-30にニアミスな成績を叩き出し、オールスターに1位で選出されMVPを獲得。ついでにHR競争で優勝し、シーズンオフにはアメフトのラインバックとして出場。翌年の2月のプロボウルに出場してしまうという離れ業を成し遂げた。

 

 

 

ジャクソンの野球は、洗練という言葉とはほど遠い。彼ほどの天衣無縫な選手は居ない。明らかに力だけで振り抜いた打球は、ふらふらと上がりながらバックスクリーンの奥に突き刺さっているし、明らかな手投げで投げられた送球は、100m先の盗塁王をホームで刺す程のバカ肩である。実際、89年の三振数は172個で、知る人ぞ知る三振王ロブ・ディアーを差し置いての三振王だったりする。

 

 

 


Bo Jackson Being Unbelievably Athletic

 

 

マイケル・ジョーダンも、一時野球選手としてホワイトソックスでプレーしていた時期がある。でも、いくら神とは言えどそれはバスケだけの話で、2A止まりだったことを考えると、改めて恐ろしい選手である。まぁそんなことを書かなくても凄いことなんか分かってしまうが。

 

 

NFLでの記録は、私があまり詳しくないため、上手くボー・ジャクソンの偉業について記載するのは難しいが、兎に角NFLの公式チャンネルで「最も速い選手ランキング」で歴代5位になる位には速いみたいである。じゃあもうNFL選手としての方がスゴイのでは???と思っちゃう位にはスゴイ選手である。

 

 


#5 Bo Jackson | Top 10: Fastest Players | NFL Films

 

 

まぁ筆者からしたら、ボー・ジャクソンの印象としたら、2刀流よりも”5-hour energy”の人である。数年前MLBの公式サイトで動画を弄ったら、絶対ボー・ジャクソンのCMが15秒挟まっていて、ファミマの帝京平成大学くらいしょっちゅう見るハメになってしまった。

 

 


Bo Jackson 5 Hour Energy Commercial

 

 

wikiに「最近は妻と自宅でひっそりと暮らしており、派手な生活を嫌っている」と書いてあったのに、CM見た後だと全くの大ウソじゃねぇか。とツッコまざるを得ない。しかし、アメリカでのイメージではボー・ジャクソンのイメージとしたら「Bo knows」のナイキのCMなので、もうボーの印象はぐちゃぐちゃである。

 

 


Bo Knows Commercial

 

 

謙虚な選手なのかと思いきや、実は意外と最近も目立っていたりする。本当の意味でボー・ジャクソンの事を知っている人は、誰も居ない。

 

 

 

 

以上今回はこの4成績について調査してみました。これからもこのシリーズを続けていこうと思いますので、読んで頂けるととても嬉しいです。よろしくお願い致します。

 

 

 

 

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あまり知られていない キモすぎる野球のシーズン成績をまとめてみた その2

お久しぶりです。スーモです。「スーモじゃねーよ」と毎回思っています。ちゃんと引っ越しの時、きちんとスーモから物件探しました。でも他の名前にするのも怖いよね。同じ事たぶんお股ニキもそう思ってます。

 

 

 

前回「あまり知られていない キモすぎる野球のシーズン成績をまとめてみた」という記事を書いたんですが、これがかなり評判が良かったらしく、View数もかなり伸びたんで、今回第2回も作ってみようかなと。これからも評判が良かったら続けていきます。

 

 

 

ファンタジア→ディスティニーのようなテイルズの分かりづら過ぎる重ね方ではなく、ちゃんと第2弾・第3弾と数字を増やすだけのおきに行くナンバリングに留めていきます。

 

 

 

「そんなキモすぎるシーズン成績があるか???」と思う人もいるかと思いましたが、もう大谷翔平が毎年のように"大キモ"シーズンを量産したりしてるので、これは野球ファンの感性が狂ってしまっただけです。なので、まだまだ当分続けられると思います。

 

 

 

ただ、それこそ大谷翔平のように毎年100年ぶりの記録を塗り替えていたのでは、全員心当たりもあるし意外性も無いので、みんなが知らない埋もれかけている記録をピックアップしようと思います。特にMLBの記録は埋もれやすいので、MLBの記録がこれから多くなるとは思いますが、なにとぞ容赦して下さい。

 

 

 

それでは、早速行ってみましょうか!!カーーーーウントダーーーーウン!!!!(深夜二時の3人組の帽子を後ろ向きに被っているガキが、めちゃくちゃ劇画なキメ顔で指を指しているの図)

 

 

 

1.宇野 勝 (1985年) .274 41HR 91打点

 

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プロ野球で何十年も語り継がれている記録がある。それと同じくコスりにコスられても、まだコスり足りない伝説の映像もある。図らずも、中日の名遊撃手とも言える宇野は、たった1つのエラーで伝説の選手になってしまった。

 

 

 

何でも無いフライを見事に取れず、ど頭にブチ当ててボールが転々と転がり、怒った星野監督がグローブを叩きつける図が、ヒカルのテキ屋の動画くらい流されてしまい、宇野は一転として”そういう人”というイメージが付きまとってしまった。ちなみにMLBでもフライを取り損ねて頭突きをした選手が居て、そのボールがスタンドに入ってしまう、キレイな”上位互換”なプレーを演出している。

 

 

 

しかし、そんな宇野は間違いなくプロ野球史上に残る名遊撃手と言って差し支えはないだろう。何せ「ショートとしての最多シーズンHR記録」と「日本プロ野球史上最多通算HR」を記録しており、ベストナインも3度選ばれている選手なのだから。

 

 

 

特に存在感を表したのは1985年のシーズン。この年の宇野は3・4番を谷澤・大島という2000安打コンビに託したことで、シーズンの大半を6番に据えられる事となり、自由なバッティングに徹することが出来た。この年の宇野はベストナインこそ高木豊に譲ったものの、HRが積み上がり、遂に遊撃手として初となる40HRを達成した。

 

 

 

しかし、その記録が日の目を見ることは無かった。この年つまり1985年はプロ野球史上に残る伝説の年。阪神タイガースが奇跡を起こし続け、ランディ・バース3冠王パリーグでも落合博満3冠王。あまりにも怪物的な成績を残した打者が多すぎた。掛布・岡田よりもHRでは数字を残しているだけに、もし阪神に居たら更に血の気の引く打線になっただろうし、ヤジが飛ぶ回数も多分多くなっただろう。

 

 

 

そもそも、ヘディングで名前を馳せてしまった為に、それにつられて守備も下手だと思われがちだが、「アレは中日のショートではトップクラス。ちゃらんぽらんに見えるけど、アレはうまい」と落合に絶賛された点を見逃すわけにはいかない。事実、落合中日時代に宇野は打撃コーチとして、長期に渡って中日を支え続けていた。落合のれっきとしたお気に入りである。"打撃コーチ"だけど。

 

 

 

改めて振り返ってみると、ヘディング事件は今見ても面白い。そもそも、ヘディングしたからとて、あんなにボールがあらぬ方向に飛ぶことがあるだろうか?冷静に見るとスーパーボールのようにボールが飛びまくっている。うずくまる宇野をスルーして星野しかピックアップしていないし、打ったバッターは本塁でアウトになっているのに、全く星野の怒りが収まる様子もなく、つくづく面白かわいそうな映像である。

 

 

 

しかし、見ている人にはしっかり認められていた。18年もの間プロ野球選手としてプレーし、落合の右腕として中日を支え続けた。それだけでもスゴい選手だと分かるだろう。今だからこそ再評価をする必要がある選手だ。

 

 

 

ただ、通算盗塁が78に対し、盗塁死が96というのは、きちんとアカンぞって感じである。。盗塁成功率は僅か.448しかなく、.700ないと盗塁する意味がないという業界において、明らかに低すぎる盗塁成功率だ。盗塁企図数100以上の選手のワースト成功率らしい。

 

 

 

中日 宇野の再評価が進むのはもう少し先かもしれない。しかし、いつ見ても面白い選手である。

 

 

 

2.デビット・オルティス (2016)

.315 38HR 127打点

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大きい、いや大きすぎる体。世界中の巨人が集う見本市と化したMLBにおいて、その中に混じってなお異常とも言えるデカ過ぎる体。というか人間というよりも熊じゃないか?といえるガタイ。

 

 

 

しかし、その体を野球の試合中にずっと見られるという訳ではない。というのも、彼は打席にしか立たないのだ。守備位置につくことは滅多に無い。おまけに走力は皆無に等しい。上半身の異常な大きさに比べて、なんだか気持ちスラッとした下半身を持つ。そこから産み出される走力に、あまり期待を持つことができない。

 

 

 

守る場所がない、誰よりも足が遅い。そんな選手だというのに、レッドソックスのファンからは「ビックパピ」と敬愛され相手から恐れられた。無論、その弱点を補って余りあるほど、打撃がスゴかったからだ。この大男はバット1つで、チャンピオンリングを指に3つもはめて、ボストンに凱旋することとなる。

 

 

 

そんな伝説のバットマンが最後に残した伝説が、2016年の打撃成績である。

 

 

 

「一流選手なら、キャリアハイでそういう数字残したことあるでしょ?」との声も聞こえると思うので、予め言っておきますが、この年のオルティスは引退年。別に若くして引退したわけでもなく、しっかり41歳まで現役を続けて引退した。つまりオルティスの40~41歳のシーズンである。

 

 

 

40代でこれ程の野球成績を残した選手が居ないわけではない。MLBテッド・ウィリアムズNPBの金本ないし門田が40代でも立派に活躍した。しかし、オルティスはそれに加えて打点王と、圧倒的な実力になにも未練を持たずに引退してしまったのだ。野球で横綱の引退をしてしまった選手である。

 

 

 

オルティスの代名詞の1つに「オルティスシフト」がある。ほとんどの打球がライト方向にしか飛ばないので、相手守備のほとんどが、センターラインから右側で守備をするという守備シフトである。そんな守備位置のため、3塁側にバントをしようものなら、ほぼ確実にセーフになってしまう。そんなギャグと紙一重なシフトである。

 

 

 

そんな極端なシフトの中で、オルティスはひたすら右方向に打球を飛ばし続けた。常に自分のストロングポイントを崩すことなく、時には快打が理不尽にも、シフトの網に引っ掛かりアウトになろうとも徹底した。

 

 

 

打点王と500HRを記録したスラッガーということで、かなり影に隠れているが、右方向にしか打球を飛ばさないというのに、打率.315はだいぶ高い。これで左方向にも打球を飛ばせてたら、夢の4割もひょっとしたらあったんじゃないかと、心を弾まずには居られない。勿論、足は誰よりも遅いので内野安打はほぼない。

 

 

 

ドミニカ共和国が輩出したスポーツの英雄と言っても、あながち誇張した表現ではない。だが、そんな偉人でも凶弾に倒れることもある。去年、旧友と飲んでいたら麻薬カルテルに狙撃されてしまうこともあった。

 

 

 

幸いにも命に別状はなかったものの、如何にドミニカが日本の常識と異なっているか。まさかオルティスを通じて知ることになろうとは。治安が良いというだけでハッピーだということである。ビックパピだけに。(激寒)

 

 

 

3. 川上哲治 (1951)

.377 15HR 81打点

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アメリカのバットマンの次は、日本のバットマンを紹介しなければと思い、満を持して3人目。紹介するのが「打撃の神様」こと川上哲治バットマンの枠組みを通り越して、神様まで行ってしまうけど、その川上が神の域に限りなく近づいた年がある。

 

 

 

長嶋茂雄の前に栄光の巨人軍の主軸を張った男であり、監督としてもV9を成し遂げた野球界の偉人ではあるが、戦前~戦後間もない時の選手のため、殆どの野球ファンが、野球の神様がグラウンドに遺した伝記を知らない。

 

 

 

そんな重鎮の語り継がれて居ない伝説のシーズンが1951年のシーズンである。

 

 

 

1950年のラビットボール使用が織り成す、世紀の打高シーズンから一転、禁止となった51年は打者にとっては苦戦のシーズンになった。あの読売ジャイアンツを除いては。

 

 

 

チーム打率.291という太古のマシンガン打線を形成。戦争経験者である川上の前でマシンガンを使うのは禁句かもしれないが、そのチーム打率を爆上げさせていたのは、川上をおいて他には居ない。

 

 

 

開幕オーダーには外れて、出鼻を挫かれたものの、それを感じさせないほど圧倒的に打ちまくった。「ラビットボール何のその」と安打を打ちまくる様は流石神様。結局、ラビットボールで記録した前年の.313を、遥かに越える打率を残したが、今回紹介したいのは打率ではなく、打撃内容である。

 

 

 

打率だって.377と、そりゃもう異常な数値なのだが、三振数がわずかに6つ。97試合としっかり相当数試合に出ての6である。1ヶ月におよそ1個しか三振をしなかった。にもかかわらずHR数は15本である。HR数の半分も三振していない。

 

 

 

普通なら、四球数>三振数でも充分過ぎるほど素晴らしい成績なのだが、川上はしっかり48も選んでいるので、この杓子定規では打撃の神様を計ることはできない。HR>三振数という数段階上の指標でやっと分かることが出来る。

 

 

 

ただ、打撃の神様にも弱点があったりする。1つは、1塁守備が拙すぎて守備範囲が非常に狭く、エラーの日本記録を作ったりしているところ。もう1つは、晩年は弾丸ライナーを打つことができず、ポテンヒットばかりだったことから「テキサスの哲」と揶揄されていた時期もあったということ。

 

 

 

野球選手が野次に晒されるのは、今も昔も大して変わらないらしい。

 

 

 

4.ジェイク・マギー (2014年)

防御率1.89 71.1イニング 奪三振率11.36

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野球の歴史に欠かせない存在と言えば、規格外のスラッガーであり、スピード違反の剛速球を投げる投手達である。NPBでは千賀や藤川・MLBではノーラン・ライアンやチャップマンなどが頭に浮かぶ

 

 

 

しかし、有名ではないものの、”速球派”という言葉に最も相応しいのは、実はチャップマンではなく、ジェイク・マギーなのかもしれない。

 

 

 

この投手を知っている人はほぼ居ないだろうし、もし知っていたら、それはかなりのMLB好きと言えるのではないだろうか。何せ中継ぎ投手で、今までのキャリアはレイズ・ロッキーズと、日本人選手に馴染みがないチームを転々としているからである。

 

 

 

しかし、2014年に全く注目されていないが、恐るべき成績を残した。防御率が1点台の奪三振率も10を超えて、晴れてMLBの一流選手の仲間入りを果たした。

 

 

 

「いやいや、これくらいの成績なら毎年だれかしら残してるだろ」と言う野球ファン。もっともである。もっとも過ぎる。それこそ以前紹介した2013年の上原の成績に比べたら、全くたいしたことがなさ過ぎる。

 

 

 

しかし、マギーの恐ろしさはそこではない。マギーのスゴさはこの年の投球比率にある。

 

 

 

まず、ストレートとカーブしか投げていない。ここまでなら他の中継ぎ投手だってそうなんだけど、その投球比率が、ストレート96%・カーブ4%なのだ。つまりほとんどストレートで防御率が1点台だったのだ。25球投げたら24球がストレートという、狂気の沙汰なリードの中でこれである。

 

 

 

この時代を代表する速球派の1人のキンブレルでも、この年はストレート73%・スライダー27%なのだから、その極端さが分かると思う。チャップマンもストレート69%・スライダー25%・チェンジアップ6%だ。数多の速球派な投手でも、ストレートは70%ほどしか放らない。

 

 

 

おまけにマギーは4%のカーブが弱すぎるのだ。4%しか投げないのに被打率が.500もあった。通用して無さ過ぎる。全くカーブが通用していないのだ。つまり「ほぼストレートしか投げられない」投手と言っていいのだ。

 

 

 

マンガ過ぎる選手である。「リアリティがない」というありきたりな批判も、リアルでそういうことが出来ている選手が居る時点で、そういうことを言うのは限りなくナンセンスである。ちなみにマギーは、他の年も大概これに似た投球比率である。そして年俸は去年が約9億円貰っている。速球だけで9億もらう。何とロマンに溢れた男なのだろうか。

 

 

 

ジェイク・マギーという存在は、MLBのスゴさと夢を感じさせる、今もっとも見て欲しい選手の1人と言って良いだろう。

 

 

 

 

 

以上で、今回の選手の紹介を終わりにしたいと思います。前回からちょっと期間が空いてしまいましたが、また定期的に更新していきますので、是非お時間があるときに閲覧して頂けると嬉しいです!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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シーユーアゲイン なにもあげん

 

 

 

 

 

オフシーズンに獲得した新外国人の2020年を占う その2

お久しぶりです。スーモです。プロ野球が遂に開幕しましたね!予定通り開催できてるし、ソフトバンクのペッパー君も元気そうで何よりですね!



その一方でMLBは全く開催する気配がなく、コミッショナー選手会が相変わらずいがみ合ってて、全くファンの目線に立ってないですよね。「そういうところだぞ」ってクーパーズタウンで愚痴りたいですね。モニュメントのベーブ・ルースがしかめっ面してそう。



何はともあれ、NPBが無事開幕したということでね、何か俺に出来ることがあるというのなら、やはり新外国人の解説ですよ。前回のこの記事でも少なからず反響があったみたいで、書いて何よりです。しかし、書いてしまった以上、アダム・ジョーンズの状態が上がらないのが不安で不安で仕方ないです。



そんな訳で、早速新外国人の解説第2弾に行ってみましょうか!



1.タイラー・オースティン
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今年獲得した中でも、最も成功する確率が高いと言えるのが、Deが獲得した長距離砲のオースティン。実際にOP戦でも存在感を発揮し、オースティン ロペス 佐野の2・3・4番が組めそうでかなり楽しみ。



MLB時代のオースティンは、デビューの仕方がMLB史上屈指の華やかさで、ジャッジと同日にデビューし、その試合でアベックHRを放った。これはMLB史上初めての出来事らしい。MLBは1876年から続いているので、”MLB史上”という言葉は想像以上に重い。日本で1876年というと、西郷隆盛西南戦争でドンパチかましている位の昔だ。



しかし、そのあとが運命のイタズラと言うべきか。ジャッジはその翌年に大ブレイクし、ルーキーシーズンに52HR放り込み、一気にメジャーリーグの象徴としてヤンキースの屋台骨を支えているのに対して、オースティンには、もう一つのMLBが顔をのぞかせていた。



オースティンの守備位置は1塁。ただでさえ、打撃偏重の守備位置でルーキーとして生き残るには厳しいポジションだ。当然ヤンキースときたら1塁の競争が厳しくない訳がない。当然ライバルが居る。その男はグレッグ・バードという打撃の天才で、球団はバードを残し、オースティンを放出することにした。



「競争に敗れた」というより「バードの才能に賭けた」球団の方針に振り回されながら、オースティンは様々な球団を渡り歩くこととなる。ジャイアンツ・ツインズでも、チャンスが無いということは無かったが、かといって恵まれているとも言えなかった。途中出場・途中交代が常で、MLB定着できず日本球界に流れ着いた。ちなみに、バードは怪我をし過ぎて、こちらも定着できずレンジャースに拾われていた。



【どんな選手???】
ヤンキースの未来を背負う」という評価をマイナー時代に貰っておりマイナーリーグのオールスターに出場していた経歴も持つ。パワーという面では全く問題はない。守備位置も、MLBではほぼ外野は守っていないが、ライトで1000イニング以上守っているようなので、少なくとも破綻はしていないだろう。



今年日本に来た助っ人選手の中でも、最も面白い存在と言って良い。アダム・ジョーンズのように名選手という訳ではなかったが、1つ未来が違えば、通算で3桁のHR数と4桁のヒットを積み重ねられたと思っている。実際に、2019年のHR性の打球速度を示す指標「バレル」では、ナ・リーグHR王のアロンソよりも良い数値を叩きだしている。



とにかくMLB時代は、「巡り合わせが悪く、チャンスを十分に貰えなかった」といえる選手。日本でその分アーチを描いて欲しい。



【総合評価】S 【成功確率】90%



2.アルシデス・エスコバー
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メジャーリーグのショートといえば花形だ。誰もがやれるポジションじゃない。そんなことは素人でも分かる。事実、ながら見でみたであろうメジャーリーガーの好プレー集でも、とても日本人では出来ないようなプレーが飛んでくる。



その中でも歴戦の強者と言える選手が来日した。元ロイヤルズで長年遊撃手として活躍したアルシデス・エスコバー



パーラの影に隠れがちだが、彼もれっきとした世界一経験者。2014年には青木とチームメイトで、ア・リーグにロイヤルズ「機動破壊」の中心メンバーの1人になった。DHのバトラー以外、全員足の速い選手を揃え、MLBに走力の重要性を再確認させた。その代わりに、バトラーはMLB 1 遅い野球選手ではあったが。



ヤクルトという所が、またロイヤルズの選手らしいなと勝手に自分で微笑んでいるのはさておいて、エスコバーはジョーンズに次ぐれっきとしたメジャーリーガーで、なおかつパーラと同じく世界一も経験している選手。通算安打も1367安打と、経歴も確実にフロックではない。



【どんな選手???】
前述した通り、MLBの遊撃を長年務めていたという、宝塚で男役でした~みたいな、誰もが羨む花形な経歴はあるものの、エスコバーはジョーンズに輪を掛けてボールを選べない選手でもある。出塁率.300以上のシーズンですら2回という、俗に言うフリースインガー。150安打以上なら5回も記録している選手が、ことボールを選ぶことに関してはマイナーリーガーなのである。



それに加えて、加齢による盗塁能力の低下もあり、30盗塁(12・14年)できていたものも、ここ数年は1桁の盗塁数に落ち込んでいる。元々パワー面ではあまり期待できない選手だったものもあり、エスコバーの価値が低下。その為、2019年は3A暮らしを強いられている。



守備面は、長年MLBの強豪チームの遊撃手を張っていることもあり、確実にNPBのレベルには居ないだろうし、ゴールドグラブを獲得している実力者。ではあるが、派手な守備とは裏腹に、守備指標は年々下降傾向を示しており、守備範囲という面では少し不安が残る。しかし、そもそもヤクルトに正遊撃手が固定できていないので、確実にグレードアップになる。



エスコバーの特徴として、耐久性がものごっつく高い。これはアダム・ジョーンズと同様で、故障離脱という最悪のパターンを免れやすい。加えて、ジョーンズは4.5億×2年という高金額の契約に対し、エスコバーの年俸は8800万円の単年契約。外国人選手としては破格の低リスク契約である。



低リスクでありながら、廣岡などの若手内野手の手本になる可能性も秘めている高リターンもありえる選手。成績もさることながら、若手のMLB流のお手本になることを期待できる。むしろ、ヤクルトがエスコバーに期待しているのはそこなんじゃないか?というような補強。



何はともあれ、HR数は期待できないが、2割後半の打率と7~10HRあたりを期待できる選手。決してスラッガータイプではないので、打撃成績よりも、何回ファインプレーが出来たかを期待して欲しい。そんな選手です。しかし、嫌みに聞こえるかもだが、このことも頭に入れて欲しい。



MLBエスコバーよりも上手いショートは数え切れない位いる。



【総合評価】B+ 【成功確率】70%



3.マット・ムーア
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NPBの有望株と言われて、頭の中に思い浮かぶファンは、まぁ一定数いるとは思うが、MLBの有望株が頭の中に何人も浮かぶとなると、それは、控えめに言ってド変態だろう。もうイってしまっていると思う人も居るんじゃないか。特に10年前の有望株を思い浮かべていたら、ちょっと引いてしまうだろう。



それこそ10年前の有望株と言ったら、今のメジャーリーグの顔の2人、マイク・トラウトブライス・ハーパーが名を連ねており、その他にも蒼々たる顔ぶれが並んでいた。かなりの確率でMLBで旋風を巻き起こし、その名前を知らなかったら「ニワカじゃね?」とファンに思われること必死なのである。何とハードルが高いことか。



そして、トラウトないしハーパーが野手の顔になると思われていた環境において、投手の顔になると思われていたのが、マット・ムーアと言って差し支えないだろう。ソフトバンクに入団した左腕である。



【どんな選手???】
MLBでデビューした時は、常時150kmをたたき出すMLBでも希少な大型左腕であり、アップサイド つまりのびしろが大きい左腕として将来を期待されていたり、首脳陣が頭をかかえてしまうような試合も作っていた。何というか、「アメリカ版の菊池雄星」といった立ち位置だった。



これは決して誇張でもなんでもない。それはこの写真を見れば分かるはずだ。実際、マイナーとはいえ22歳の投手が奪三振200を優に超えるのは、そう見ることが出来ない光景なのだ。



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2011年の有望株ランキング ムーアはトラウト・ハーパーに次ぐ第3位にランクイン 将来のレイズを背負って立つ人材と考えられていた



代表的なのが2013年シーズン。この年のムーアは17勝4敗と完璧にエースの勝敗だったにも関わらず、イニング数は150 1/3と200イニングはおろか、規定投球回*1にも達しなかった。レッドソックスの松坂とほぼ同じような状態である。あの時の尻ぬぐいは岡島だったが、ムーアはロドニーが尻ぬぐいしていた。そしてロドニーが更に散らかしていた。



これと翌年のTJ手術を機に、2016年ごろから技巧派投手にモデルチェンジ。それを境にMLBファンからの関心もあまり得られなくなってしまった。ムーアもまた苦闘していた。技巧派となりながらも、懸念されていたノーコンが直らないのだ。



所々好投することはあるけれども、それが1年中続くということは如何に難しいことか。キャリアを重ねるごとに、土間の隅に追いやられるホコリが如く追いやられてしまう。不運なことに19年は先発2試合目で膝に打球が直撃して、そのまま手術でシーズンエンドというこれ以上無い消化不良なシーズンを送った。



そこをソフトバンクが突いた訳で、本来ならジョーンズと共にNPBに来る人材では無かったが、近年のマイコラスらの活躍もあり、NPB行きの負のイメージが無くなっている。「都落ち」が「ニュータウンに引っ越し」位の軽さにはなったかもしれない。



既にシーズンも10試合ほど消化した状態で、OP戦からだと3ヶ月以上経過しているが、これはかなり良い。




2020/03/04 20年ホークス新入団 M・ムーア 2回2/3を無失点に抑え開幕ローテ入り当確! H - Ys オープン戦



少なくとも近年のムーアの中では最も良い状態ではないだろうか。少なくとも、MLB時代はこんなに150kmがポンポン出る状態ではなかった。若かりしの日の球威にかなり近いので、「これは活躍するだろう」と大きく出たい。オースティンと共に再注目な選手だ。



【総合評価】A+ 【点数】85%



以上の3選手でこの記事を終えたいなと思います。もっと他の選手も居るんですけど、流石にシーズンも始まって10試合は経過した状態なので、今年はこの辺で打ち止めとさせて頂きます。コロナでどうなるかも分からない所もありますからね。



また、2020年のオフになったら、こういう記事を書きますので、その時になったらまた目を通して頂けたら幸いです!









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シーユーアゲイン なにもあげん

*1:MLB規定投球回は基本的に162イニング

メジャーリーガーは悩み悩んで大麻を吸う

最近、こんなニュースを見た。



https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200526/k10012445621000.html



木村花さんという女子プロレスラーが、相次ぐ誹謗中傷により心に闇を抱え、そのまま終わりのない深淵に堕ちていった。ある意味では救いなのかもしれない。自分で死に場所を選べるのは見方を変えたら幸せなこと。にしてもね。しないに越したことはない。



トップアスリートは自伝やら自己啓発本やらで、鋼のメンタルを持っていると勘違いする人は多い。というよりムカつく。脚光を浴び続ける人生を、妬む嫉妬のエネルギーは太陽のように果てしない。そのエネルギーは、あらゆる殺人技を防御無しで受けるプロレスラーを殺すほどだ。



努力するよりも、嫉妬した方が圧倒的に楽だ。「叶うか分からない夢を追う」というと聞こえは良いが、それは案内と懐中電灯がない秋芳洞を歩くのと同じだ。これ程酔狂な話もない。



正しいか分からない所に踏み出すより、正直な話、現実的で効率的で、尚且つ高確率で相手を勝負の場から降ろす事が出来る。誹謗中傷というのは、実は夢を追うよりかなり人間的な行為のようにも思える。だから、俺は別にその人達を責めたりはしない。「人間やねぇ」と思う。実際人間だし。



今の時代は相手を攻撃するのに、指1本と僅かな脳みそさえあれば充分なのだ。アインシュタインが啓蒙した世界はすぐそこにある。マモーのどでかい脳ミソだって意外と遠くの未来ではない。



俺は、キャリア30年超のスゴ腕精神科医でも、あらゆる修行を歯を食い縛って耐え抜いた阿闍梨でもない。でも、人生を通じて様々な人を画面越しではあるが観てきた。sluggerとMLB at bat 越しという、みたことないフィルターを使っている。わかばのフィルターより便りがないかもしれない。



でも俺はこの分野に関しては一日の長がある。これは俺と他何人かにしか出来ないと思う。今回はメジャーリーグを通じて学んだ「人間」をここで伝えられたらなと思う。



メジャーリーグにはまって、筆者は8年が経つ。メジャーリーグの魅力はダイナミックなプレーだとか、自由闊達な選手の性格だとか、そういう所もそりゃ勿論見所ではある。でもそれだけでは、ここまで私はMLBをがっつり観ては居なかっただろう。



メジャーリーグの最大の魅力、それは「様々な人生を辿った人間が居る」ということだ。



ある者はキューバからいかだでアメリカに渡った。己の腕から放たれる球が最速だと信じ、実際にシカゴでニューヨークでチャップマンが史上最速の豪速球を投げることを証明した。



麻薬船に乗って亡命した選手も居る。その選手は組織に監禁された時期もあったらしい。ヤシエル・プイーグの居ないMLBは、塩むすびのように何か物足りない。またあるものは、偽名と年齢詐称で球団を欺き、その後のキャリアを繋げた選手もいる。ファスト・カモーナという名を使って。



「あなた達には本当の自由が何なのか分からないんだ」と言い残し、深夜にボートを運転して岩に激突して死んだ人もいる。ホセ・フェルナンデスは史上最高の投手になるとみんな思っていた。皆がその死に様に涙した。しかし、影ではコカインを吸い、アルコールを煽り、その圧倒的な重圧と闘っていた。ガールフレンドはその人の子を身籠っていたというのに。



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同じように、理想のようなキャリアを終え、悠々自適なスローライフを味わっていた選手が、自家用飛行機の事故で悲愴な最期を遂げている。ロイ・ハラディという大投手の死は、あらゆるファンの心を沈ませた。死後、死体を解剖するとアンフェタミンモルヒネが検出された。



18歳の少年が、睡眠薬の飲み過ぎで病院に担ぎ込まれたことがある。全体1位に指名されたプレッシャーで自殺しようとしたのだ。九死に一生を得たその少年は、後にあらゆる野球選手の目標となる。ケン・グリフィーJrを知らないメジャーリーガーなど、この世には居ない。



その人に憧れて、海を渡ってアメリカで活躍した人もいる。あらゆるヒットの記録を作り、その人も伝説になった。イチローはその記録を作るために、ストレスで睡眠薬を飲んで寝ていた。



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こういう話で必ず話題に上がる選手がいる。ジョシュ・ハミルトンだ。彼もまた見たことがないような天才バッターだった。その過剰な期待が彼をアルコールへ誘うこととなる。アルコール依存症大麻を常習していたこの原石は、誰よりも数奇な野球人生を送る。



同じようにC・C・サバシアも、成績不振からか酒に逃げるようになる。アルコール中毒からの復活を遂げ、最後の登板では全ての力を使い果たし、膝を故障してキャリアを終えることとなる。



ワールドシリーズ史上、最高の名シーンとして名高い逆転劇の主役であるデビット・フリース。彼は10代から鬱を抱え、車で木に突っ込んでいる。WSのチャンピオンリングを居間に飾ることもせず、「正直自分が今ここに居るのが信じられない」とさえ公言する。



エヴァン・ギャティスも鬱だった。大学時代の周囲からのプレッシャーで鬱を発症し、4年もの間野球から遠ざかった。全米を放浪し、あらゆる仕事に就いたギャティスはその3年後、ビックリーグの舞台に立つこととなる。



野球選手だけではない。カブスの優勝が懸かった試合で、相手チームのファールボールを不意に選手の邪魔をして取ってしまったバートマンという少年は、ファンのみならず、政治家からも誹謗中傷されている。



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軽く思い付いただけでも、これだけ心に闇を抱えた選手を思い浮かべることが出来る。野球だけではない。ヘビー級王者として50戦無敗を達成したデオンティ・ワイルダーは、10代で拳銃自殺を試みたこともある。そして初めてワイルダーを倒したタイソン・ヒューリーも、鬱病で毎週日曜日は死にたくなると公言している。この世で最も強い男が、心で折れそうになっている。どちらもめちゃくちゃな男ではあるけども。



幼い頃、スポーツ選手は努力をして当たり前だと思っていた。自らを節制し、練習という面倒に打ち勝ち、浅田真央のような清廉なコメントをメディアに残すのが当然であると。お金溢れる生活に何一つ不自由などないと。



しかし実際のところ、それはちゃんちゃらおかしいガキの戯れ言であった。もっとプロ野球の一流選手よりも、小瀬や湯口のように苦悶の末の首をくくる者もあれば、伊良部のように口をつむるような背景がある人もいる。人から祭り上げられてはいるが、そのステージに立つ者は紛れもなく「人間」だった。決して何でも耐えられるスーパーマンではない。



お金が使えきれない程あれば、人生は幸せ。そんな人生なら、そんな悶々とせず楽で良いのに。



金があっても傷ついた心は癒せない。
これに気付く人が少しでも増えたら嬉しいね。







〈これも是非〉
https://mochan9393.hatenablog.jp/entry/2020/04/12/115444


https://mochan9393.hatenablog.jp/entry/2020/03/26/225527





シーユーアゲイン なにもあげん

あまり知られていない キモすぎる野球のシーズン成績をまとめてみた

野球というスポーツは1846年が発祥だと言われているらしい。

 

 

 

その年の6/19に基本的な野球のルール、例えば三振とかファウル或いはアウトなどのルールが既に出来上がった中で、初めて試合が行われたとのこと。試合の結果は23-1らしい。これでもかというほど滅多打ちにされた試合から、野球というスポーツは産声を上げた。*1

 

 

 

そんな江戸時代の、ペリーも日本に降りたっていない時代から、野球というスポーツは数字とよろしくやってきた。他の競技と比べたら圧倒的に仲良くやっているのが野球である。打率・HR・打点の3冠を筆頭に、出塁率・盗塁・盗塁死・守備率・失策数に加え、DRS・UZR・WAR・BABIP・WOPSなど、新進気鋭のセイバーメトリクスまで、野球は数字に支配されている。

 

 

 

 

そして、その数字によって、選手の評価は平等に 無慈悲に、容赦の無い格付けをされてきた。相撲界では「番付1枚違えば虫ケラ同然」と謳われるが、野球だって「打率が1厘違えば虫ケラ同然」なのである。.299と.300では全く見栄えが違ってしまう。29HRと30HRでも違ってくる。

 

 

 

そんな数字飛び交うスタジアムで、数多の選手が次々と偉大な記録を更新してきた。最近だと2013年のバレンティンの60HR・その前年の田中将大の24勝などが挙げられる。秋山翔吾のシーズン最多安打もそうだし、通算記録だと山本昌の200勝が真っ先に思い浮かぶ。

 

 

 

そんな中、全く話題にあがらない記録もある。例えば、今から40年近く前の1981年に、日本ハムの投手間柴選手が、マー君に先んじてシーズン無敗を達成し、パワプロ君の記録室に異様な存在感を放つことになる。*2子供心に、「間柴って誰だ・・・?」となったのも今や懐かしの思い出。改めて調べたら、実働20年を記録している名選手だった。タイムスリップして謝りたい。

 

 

 

 と言うわけで、今回はこれはスゴいと思われている記録を紹介していきたいんですが、それこそ、イチローの262安打みたいな、ゴリゴリの有名な記録を挙げたところで、それは週刊ベースボールとかスポーツ新聞見れば良いよ!っていう話なので、今回はあまり知られていない記録だけをピックアップして、それを紹介していこうと思います。

 

 

 

1.1974年 王貞治 打率.332 49HR 107打点 OPS1.293

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プロ野球史上最高の成績は何か?」と問われると、これが意外と決められない。1985・86年のランディ・バースもそうだし、三冠王3回の落合にも蒼々たる数字が並ぶ。見方を変えれば、唯一の30HR・50盗塁を達成した1990年の西武・秋山にもお鉢が回ってくる。このようにアンタッチャブルな成績は数多くあるのだが、私は、最高の成績に74年の王貞治を挙げたい。

 

 

 

王貞治といえば思い浮かぶのが、64年の55HRである。長らくプロ野球の象徴のような記録で、2chでは「聖域」と揶揄されるほど、それをまつっていたのだが、今回取り上げるのはこの年ではないし、世界の王はそれよりヤバイ成績を残している。

 

 

 

74年の王は、3冠王に輝いただけではなく、その他の成績でも最高の数字を叩きだした。まず、四球数が日本記録の158個もある。出塁率は驚異の.532で堂々日本記録。そりゃあそうだろう。2回に1回抑えられない打者なのだから。そんな打者がポイポイでてたまるか。

 

 

 

2位と比べても16個も差があるし、その記録も王である。3位も王だし4位も王。そして同率の4位にやっと広島時代の丸が顔を出す。6位にも広島の先輩金本がランクインしてから、また王の連呼がこだまする。ベスト10までになんと8回も顔を出してしまうトンデモさ。誰よりも記録室に入り浸り、心地よさそうに酒を嗜んでいるわけだ。

 

 

 

ついでに言うと、ベスト10が全てセ・リーグの記録で、全くパ・リーグの記録は出てこない。いつ出てくるかというと、19位になって初めて楽天時代のアンドリュー・ジョーンズがランクインするほど。人気のセ・実力のパ・四球のセである。

 

 

 

四球の数も比類無ければ、敬遠の数も45個でダントツで、敬遠も含めると大台の200個越えである。200安打もとんでもない中で、200四球はもっとあり得ない記録。安打は四球に消されまくって128安打である。首位打者を獲得している選手が、四球よりヒットを打てなかったのである。いや、「打つ場面がなかった」の間違いである。

 

 

 

野球の記録のあるあるで、「四球が多い打者は三振も多くなる」という傾向があり、4位の丸は四球が130個で三振も130個だった。しかし、こと世界の王に関しては全く当てはまらない。74年の三振数はわずか44個。なんと四球>三振はおろか、この年の王は敬遠>三振なのだ。こんな数字がお目にかかれるのは、この年の王である。

 

 

 

でも、この年の王でも突かれたくない弱点がある。盗塁数1に対し盗塁死が5である。ちょっと走りたがっていたのか分からないが、お茶目なプレースタイルがひょっこり顔を出す。まぁこれくらいの欠点は目をつむるとしよう。ついでにいうと、王はキャリアを通じて盗塁が上手くない。盗塁死>盗塁を、キャリア通算で5回記録している。

 

 

 

こんな成績は滅多にお目にかかれるわけないし、今後100年塗り替えられないと思うが、海の向こうで越えた選手ならいる。2004年のバリー・ボンズである。この年のバリーボンズは敬遠120に対し、三振数が41だ。しかし、ボンズ先生はこの年の成績が語りぐさになっており、ついでに人間を辞めてしまわれたので、今回はノーカウントとするか。

 

 

 

2.1956年 権藤正利 0勝13敗 防御率4.03

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シーズン無敗は2リーグ以降2回あったわけだが、実はその逆であるシーズン全敗もあったりする。最近だと、2006年の楽天・松崎が挙げられる。0勝8敗 防御率7.67という目も当てられない成績である。これは20代の野球ファンの間では、時々話題に上る珍記録である。

 

 

 

しかし、そんな20代ファンでは知るよしもない、世にも奇妙で悲しい記録が、60年前にあった。それが1956年の権藤の0勝13敗である。

 

 

 

1956年といえば、メルボルンオリンピックが開催された年である。当然知らない。ボイコットした国もあったらしく、「ソ連あたりがボイコットしたのかな?」と思いきや、エジプト・レバノンイラク・スペイン・オランダ・スイスとかなりボイコットしていた。あと、水球でめちゃくちゃな乱闘があったらしい。*3

 

 

 

そんな知らなさすぎる国際情勢の下、大洋の権藤は負け続けた。 負け続けていたといってもこの年からではない。前年のしかも7月からである。勿論、この年は0勝なので、この記録は約2年に渡って続いてしまった。

 

 

 

止まったのは翌年1957年の七夕。巨人相手に自ら先制タイムリーと完封勝利で、自分のチームメイトに胴上げされたとのこと。足かけ2年続いた地獄の連敗記録は、実に28まで伸びた。28連敗はMLBにも例がなく、堂々の世界記録である。

 

 

 

何故こんなにも悲しい記録が伸びてしまったのか。それはひとえにチームが弱すぎたからに他ならない。何とこのシーズン中に、指揮を執っていた藤井勇監督が、なんと監督から選手に戻って4番に居座っているのだ。*43番の殿堂入り選手、青田昇がHR王(25本)に輝いているとはいえ、これでは心細すぎる。

 

 

 

投手陣は更に焼け野原で、というか核戦争後の地球で、後に殿堂入りすることとなる秋山登が25勝するが、25敗もしているし、2番手の江田ですら2勝である。25勝・2勝・0勝という、もうボケで言っているのかと疑うほど、脆弱な3本柱でシーズンを闘い通しており、その江田の防御率は3.55とそんなに悪くもない。明らかに援護不足が原因で、199X年の核の炎に包まれた野球になっていた。秋山は実写版ケンシロウである。

 

 

 

何故かジャギ的な立ち位置になってしまった権藤ではあるが、正確はジャギとほど遠い。荒くれ者集う当時のプロ野球において、際だって誠実だったそうで、頭に死球を与えてしまい、巨人の選手と乱闘になりかけたものの、「権藤が故意でそんなことする訳がない」と川上哲治が止めに入るほどである。

 

 

 

そして、権藤は間違いなく球界を代表する名投手であった。「懸河のドロップ」というイカす二つ名を持つドロップは絶品であり、400勝投手の金田も注目していた。

 

 

 

また、1960年は12勝5敗 防御率1.42で、この年の最優秀防御率を獲ったチームメイトの秋山より好成績だったし、67年も1.40で初タイトルの最優秀防御率を獲っている。実働21年・39歳まで投げ続けた鉄人でもあった。有名な方の権藤とはまた違うキャリアである。

 

 

 

しかし、現役生活最後の年に、監督にパワハラを受けて殴り飛ばして球界をさった。「サルでもタバコを吸うのか」と言われたらしい。いつの時代も同じである。

 

 

 

3.2013年 上原浩治 4勝1敗 21S 13H 防御率1.09

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日本野球の成績を取り上げ続けてきたので、ここからはMLBの記録に移ってみよう。

 

 

 

MLBでも日本人メジャーリーガーは好成績を収め続けてきた。2004年のイチローもそうだし、2013年のダルビッシュ奪三振王とサイヤング賞2位で岩隈が3位だった。シャーザーさえいなければ、そちらを挙げようかと思ったが、この年の主役は記録でも記憶でも上原だった。

 

 

 

 21世紀に入り、最もワールドチャンピオンになっているのがレッドソックスだが、その優勝を本拠地であるフェンウェイパークで優勝を決めたのは2013年しかない。それは20世紀前半でも同じで、100年以上あるレッドソックスの歴史で、本拠地で決めたのはこの年だけで、その最後のマウンドに立っていたのが上原だった。

 

 

 

その場所にたまたま立っていたのではない。もともとはセットアッパーを任されていたのが、守護神のハンラハンがすぐ肘を痛めてしまい、お鉢が回ってきた。ただ、この嬉しい誤算が、レッドソックスを優勝に導くこととなる。

 

 

 

上原の成績は、当然のことながら超優秀で、防御率1.09は滅多にお目にかかれない数値。これを世界最高峰の舞台で叩きだしているのもさることながら、最近騒がれるようになった指標で、より怪物な数値を記録していた。

 

 

 

「1イニングあたり何人ランナーを出したか」を表す指標WHIPは0.57。これはMLB史上最高の数値であり、日本の抑えの象徴とも言える、98年の大魔神・佐々木でさえ0.64なのだ。つまり「あの時の佐々木よりランナーが出なかった」のだ。それをMLBで行ったのは快挙過ぎる。

 

 

 

他にも奪三振101に対して与四球は僅か9。27試合連続無失点。37打者連続アウト。被打率.130(MLB歴代2位)とムキムキの打者を牛耳った上原。しかし、他の投手とどこか違う。

 

 

 

投げる速球は145kmがやっと。他のチームの抑えはキンブレルとチャップマンが、グラウンドでスピード違反合戦をかまし、ウェイド・デービスはスライダーを150km出し、リベラは自身のカッターで折れたバットで作られた椅子をプレゼントされていた。しかし、それらの投手よりも上原の方が打者を支配していた。

 

 

 

チームメイトのマイク・ガープは「スプリットを制球出来る点で、他の投手と圧倒的に違う」と話す。

 

 

 

確かに当時の映像をみれば、スプリットを低めは当然として、高め・インコースアウトコースと投げ分け、同じスプリットでも、下に落ちるのもあれば、斜め下にスライドしながら落ちていくのもある。

 

 

 

そして、それを取るときの捕手は、いつも決まってミットを地面スレスレの所に置き、まるでミットにカービィが居るかの如く吸い込まれていく。その様子はニコ動のこの動画をみれば一目瞭然である。

 

 

 

https://www.nicovideo.jp/watch/sm21941930?ref=search_key_video&playlist=eyJpZCI6InZpZGVvX3dhdGNoX3BsYXlsaXN0X3NlYXJjaCIsInNlYXJjaFF1ZXJ5Ijp7InR5cGUiOiJrZXl3b3JkIiwicXVlcnkiOiLkuIrljp_mtanmsrsg5aWq5LiJ5oyvIiwicGFnZSI6MSwicGVyUGFnZSI6MzIsInNvcnQiOiIrdiJ9fQ&ss_pos=1&ss_id=2f3fe923-bdec-45b6-89ee-cde05bf47b7f

 

 

 

っていうか、ただ単純な話、上原は日本時代から超がつくほどの優秀な投手だった。優秀でなければ、ルーキーの年に20勝と投手4冠に輝けるわけもない。そんな投手が1イニングだけめい一杯投げるわけだから、ある意味こんな記録が出ても不思議ではないのかもしれない。

 

 

 

最後に、この年の上原の指導していた投手コーチは次のように話す。

 

 

 

上原が三振を多く奪える理由は、常に打者を追い込むだけの制球力があることだ。

 

三振を獲ろうと思えば、その前にストライクを2つ投げなければならないだろう?それが簡単にできるから、三振を奪うチャンスが増えるってことさ。

 

そして、スプリッターをいつでもどこでも投げて、勝負を終わらせてしまう。バッターが『何が起こったんだ?』と戸惑っている頃には、クラブハウスでサッポロビールで乾杯しているんだろうな。*5

 

 

 

これを上回るストッパーの成績は、日本人でも外国人でも、数十年出ないだろう。

 

 

 

4.2013年 J.P.アレンシビア .194 21HR 55打点

 f:id:mochan9393:20200505220323j:plain

 

 

 

最後に、上原の記録と同年に記録した珍記録を紹介しよう。というよりも、これが語りたくてこの記事を作ってしまったと言っていい。

 

 

 

捕手は元来から打てないポジションとされてきた。ノムさんが異常なだけで、本体なら守れるだけで御の字のポジションだ。事実、守備力に全てを捧げて急場凌ぎに駆り出される第2捕手は、ある意味では10人目のレギュラーとして、あらゆるチームでとても重宝にされてきた姿をこの目で見てきた。

 

 

 

J.P.アレンシビアは、そんな第2捕手で収まるような、そんな選手ではないと評判であった。ドラフト1巡目(全体21位)でブルージェイズに指名されて、高校時代はあのアレックス・ロドリゲスと同じ高校で、彼に並ぶ通算17HRを記録するほどのパワーヒッターだった。文字通り「打てる捕手」である。

 

 

 

しかし、MLBでプレーにしていくにつれ、ブルージェイズのファンは彼に目を背けたくなるようになる。全くバットが当たらない。それどころか全く塁に出られない。そんなシーズンを何度か経験して迎えた2013年。打率.194 21HRという、日本でいう2003年の古木(.208 22HR)みたいな成績になってしまった。

 

 

 

このままなら、この記事で古木を取り上げればいいけれど、アレンシビアはそこからが違う。打率が悪ければ、出塁率で挽回すればいい話だが、アレンシビアは出塁こそ最も苦手で、138試合で僅か18個。三振は148個もあるので、待ちすぎて三振が多くなった訳ではなく、「ただ単純に当たらなかった」みたいだ。

 

 

 

まぁまぁ、それなら守備で貢献できれば良いという、心優し ラララ ファンの鏡の方でも、パスボールとエラーがワーストだと知れば10万馬力で激昂するかもしれない。開幕戦で不幸にもナックルボーラーのR・A・ディッキーと組んでしまい、ナックルボールが取れず3パスボール。

 

 

 

それを皮切りに、7月にはラジオ番組でコメントが炎上して、オフシーズンには美人な歌手とちゃっかり結婚している所も含めて、メジャーリーグファンの脳裏にこびりついて離れない。そんなシーズンを送っていた。

 

 

 

実は、シーズン始めから騒がれていて、この年に開催されたWBCアメリカ代表として参加。そのWBCから拙い守備を全世界の茶の間に届けてしまっていた。この年のWBCは惨敗を喫するアメリカ。その4年後は文句なしのアメリカ人捕手の顔、バスター・ポージーを引っさげて、WBC優勝を飾った所をみて、筆者は捕手の重要さについて改めて思い知りました。

 

 

 

このシーズン、.194 21HRはまだしも、出塁率はわずか.227。「これはMLB史に残るだろう」と、意気込んで調べた俺を尻目に、100年前の選手ビル・バーゲンという選手が生涯出塁率.194を記録していたらしく、さすがMLBである。wikipediaによると、投球から離れる方向に後ずさりしていたらしい。投手のサイヤングの通算打率よりも下回るのも頷ける。*6

 

 

 

このように、めちゃくちゃな成績を残しながら、あと数年後には誰も語り継がないだろう記録を残したJ.P.アレンシビア。でも、その成績をひっそりと見ていた筆者は二度と忘れることは無いだろう。

 

 

 

以上、”あまり知られていない キモすぎる野球のシーズン成績をまとめてみた”でした。今回は4選手をピックアップしましたが、好評なら、引き続き続編として執筆していきますので、なにとぞよろしくお願い致します!!

 

 

 

<これも是非>

 

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シーユーアゲイン なにもあげん

 

 

 

 

*1:当時のルールは21点先取で勝ちだったらしい。超投低打高スポーツ

*2:ちなみにその年の日本シリーズで2敗している。

*3:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%AB%E3%83%9C%E3%83%AB%E3%83%B3%E3%81%AE%E6%B5%81%E8%A1%80%E6%88%A6

*4:しかし13HRを放ち、立派な戦力ではあった

*5:Slugger 2013年 11月号より引用

*6:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B2%E3%83%B3

「知っているようで知らなすぎる名選手」 その2 大杉 勝男

「知っているようで知らなすぎる名選手」を徒然と伝えていく、このちょっと緩い連載企画。この度、待望の第2弾を開催しようかなと思います。

 

 

 

前回は、デビューした年に四死球>被安打というとんでもないノーコンとして名を馳せた200勝投手、巨人の中尾選手についてでした。今回はそんな激レアさんではなく、もう少し、いや大分知名度がある選手を紹介していこうと思います。

 

 

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今回紹介する選手は、「両リーグで1000安打」「両リーグで1000試合出場」を初めて成し遂げた「月に向かって打て」で野球界を駆けた名選手についてです。

 

 

 

それでは第2弾の紹介をしていきたいと思います。 

 

 

 

今回紹介する選手は大杉勝男さんです。

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wikipediaの写真を拝借したんですが、これは良すぎますね・・・

 

 

 

通算本塁打数484HRは、NPB全体から見ても堂々の9位。「ミスタープロ野球長嶋茂雄のHR数を軽々上回り、その上を見ても王・野村・門田に山本浩二など、プロ野球をしょって立った大御所の名前しか無い。現役No.1のHR数を誇る、西武・中村剛也でも現在415HRで、現在36歳のおかわり君にとってはかなりイバラな道のりになる。

 

 

 

では、何故そんなビックネームとも言える大杉選手を取り上げたのか。答えは簡単で、「筆者が生まれる前に亡くなっている選手」だからだ。

 

 

 

没年は1992年で、今から28年も前の話である。現在から数えるより大阪万博(1970年)から数えた方が早いのである。もうとんでもなく昔の選手になってしまった。何しろ、大杉を見いだした人物が、「ミスタータイガース」の藤村富美男であり、「そこまで薦めるんだったら、さぞスゴい打者なんだろうと」獲得にゴーサインを出したのが、水原茂である。もう「野球史」と言って差し支えない選手に持ち上げられている。

 

 

 

それでもって、ヤクルト時代はベストナイン・ゴールドグラブの受賞もなしで、理由は巨人にワンちゃんが陣取っているからである。「生まれてきた時代が悪い」と言ったら、天国の本人は難色をしめすかもしれないが、本来ならもっとタイトルを保持してもいい選手でしょう。ディープインパクトが居た時代のリンカーンのような立ち位置。*1

 

 

 

大杉勝男の魅力は、ミート力を兼ね備えた希有なHRバッターであったことが挙げられる。首位打者こそないけれど、打率.320以上が4度。特に81年は大ベテランであるにも関わらず.343という高打率。争ったライバルが藤田平篠塚和典と1世代いや2世代は下なんじゃないか??と思わせるほど、その活躍時期は息が長い。

 

 

 

それでも首位打者は1回も取っていないのである。理由は簡単で、日曜日にバーチャル出演でコロナもへったくれもない安打製造機が居るからである。これはテイエムオペラオーが居た時代のメイショウドトウである。*2

 

 

 

更に特筆すべき数字は三振の少なさ。四球>三振のシーズンは3回。同数のシーズンを加えるともう1回増える。特に1972年のシーズンでは40HRに対して、三振数は僅か58個で、これは驚異的である。痛い目を見る確率が高すぎるし、「勝った」と思わせる打席もなさ過ぎる。とんでもない打席内容である。

 

 

 

さて、そんな大杉を育てたコーチである飯島滋弥さんという人物なのだが、この人もエピソードに事欠かない。実は、ゲーム最多満塁本塁打・イニング最多打点・ゲーム最多打点の日本記録保持者であり、現在も破られていない偉大なタイトルホルダーでもある。「視力と右膝が悪くて軍隊に招集されなかった」という「なら野球するな」と突っ込める謎エピソードもある。

 

 

 

その弟子も、やはり武勇伝を持っている訳で、最も有名なのが1970年の西鉄ボレスとの乱闘。どうやら2塁ベースカバーに入った大杉と、ランナーのボレスとの間に接触があったらしく、いきなり「野球」格闘技戦に。その乱闘で大杉は、ボレスに対して右ストレートを一閃。大杉曰く「びっくりするくらい見事にアゴに決まった」らしく、膝から崩れ落ちたらしい。

f:id:mochan9393:20200425171201j:plain

ボレス選手の画像 チビりますね・・・

 

 

 

ちょっと目元の所加工してない??ってな画像だが、これしかなかったのでしょうがない。とにかくこのバリバリの黒人に殴り合いをしようとする根性。一流特有のイカれ具合が出て良いですね・・・。

 

 

 

この乱闘には続きがあって、この乱闘で退場になったのは、膝から崩れ落ちたボレスのみ。大杉は不問でそのままプレーを続けている。新手の人種差別かと思われたが、審判曰く「パンチが早すぎて見えなかった」らしく、大杉はこの試合4-4と大活躍して、記者から「5打数5安打だな。7回の一発は見事だったね」 とからかわれていた。審判の理由も大概である。

 

 

 

一方殴られたボレスは、翌日に大杉と仲直りをしたらしく、この一連の騒動に幕を下ろしたわけだが、ボレスは前年にも大騒動の火種を巻いている。報知新聞の番記者に、「ウチにわざとミスエラーする選手がいる」と漏らし、これが発端となり、プロ野球史上最大のスキャンダル「黒い霧事件」が露わになった。*3

 

 

 

そんなボレスだが、引退もちょっとしたネタを落としてくれた。宿泊費の値上げがあまりにも露骨で、「体力も衰えてきた。快適なホテルで過ごさないと力が発揮できない。このままだと引退だ」とゴネたら、球団から煙りたがれクビになってしまった。帝国ホテルが1泊6500円の時代に1万円も要求していたらしい。とんだノックアウト外人である。

 

 

 

大杉の引退はというと、これはもう野球ファンの間では語りぐさになっていて、「(あと1本を)みなさまの夢の中で打たせていただければ、これに勝る幸せはありません」この1フレーズで、大杉勝男の名は伝説になった。セ・リーグで199HR打ってあと1本で200HR。史上初の両リーグ200HRを、あと1歩届かず引退を決め、引退セレモニーで言った名セリフである。

 

 

 

もうひとつ、大杉には特徴的エピソードがある。かのノムさんが「王や長嶋はヒマワリ。それに比べれば、私なんかは日本海の海辺に咲く月見草だ」と呟いた名言に対して大杉、「野村さんが月見草なら、僕は神宮のカスミ草」と返したそう。そして、その直後ふとこう思ったらしい。

 

 

 

「張本さんをどうするか考え、一瞬”雑草”と思った」

 

 

 

これは流石に”草”である。

 

 

 

〈これも是非〉

 

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シーユーアゲイン なにもあげん。

 

 

 

 

 

 

 

*1:リンカーンコースレコードで走っていても、ディープインパクトが5馬身先で走っていたりした

*2:何回レースをやっても、判を押したかのように1馬身先にテイエムオペラオーが居た

*3:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E3%81%84%E9%9C%A7%E4%BA%8B%E4%BB%B6_(%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%83%97%E3%83%AD%E9%87%8E%E7%90%83)

この世から野球が消えて

「球場でのホットドックは、高級レストランのステーキよりうまい。スタンドで飲むビールは、ナイトクラブのシャンパンより喉がなる」

 

 

 

これはアメリカの名優、ハンフリー・ボガートが、とある映画で口にしたいわゆる名台詞のようなものだ。野球・特にスタンドで観戦する楽しみを端的に表現している。「喉がなる」という、中々見かけない乙な日本語を選ぶセンスには、目を見張るものがある。野球場で飲む酒は、「美味しい」ではない。明らかに「喉がなる」のだ。こればっっっかりは、野球場に行かなければ分かるまい。

 

 

 

しかし、そんな戯れ言は去年までの頭が凝り固まった常識であり、こと2020年においては、まるでお話にもなりゃしない古めかしさだ。1年、いや3ヶ月またはそれ以下かもしれない。浪漫という艶のある甘美な匂いが、SF小説をも越えた現実味の無い異臭に、たちまちかき消されてしまった。

 

 

 

「コロナショック」と人々は口を揃って言っている。この世からマスクというマスクが消え、さながらオイルショックのような様相を呈している。見たことはないが、タイムマシンが開発されたら1回観とくとしよう。「あれは観ておいた方が良いぞ」って、ヨボヨボの鴨頭先生も言っていた。

 

 

 

おっと、すみませんね。ついつい2060年の設定で話を進めてしまったようだ。2060年になったら鴨頭が何故かフサフサなってるなんて知ったら、みんなびっくりするだろうな。ついでに何の因果か、トイレットペーパーが消えた。訳の分からぬ地球全体のヒステリー感。これは久しぶりに歴史の中心に居るって感じだ。9年ぶりに俺は歴史の中心に返り咲いた。んでTOYOTAはもう死んでも新型コロナを出せなくなってしまった。こち亀・大原部長の愛用車なのに。

 

 

 

東日本大震災では、日本全体が大パニックだったが、今回はどうやら世界全体が日本のお供をしてくれるらしい。いつも「自分のケツは自分で吹け」ってな感じなのに、今回ばかりは優しい。フランスでは遺体をさばききれず、日本でいう「築地」を臨時の遺体安置所にしたらしい。*1これからは、フランスからの食べ物は極力食べないようにしよう。

 

 

 

そんな中、ひっそりと本当にひっっっそりと日本から野球が消えていった。ひっそりにしてはやけに高速であった。当然ではあるけども、やはりやるせない。1試合に5万人は入り尚且つそれを×72もしてしまうのだ。当然やれない。圧倒的。圧倒的不可能・・・!!

 

 

 

だが、これでいい・・・!!となるのは伊藤カイジただ1人である。そう国民の大半は債権者でもなければ、焼き鳥とビールをかっ喰らうことを「豪遊」としない人々である。野球は見たい。100歩譲って野球は見ないにしても、せめて黒柳徹子だけは、本当の徹子の部屋から中継させないようにしたい。

 

 

 

野球はねぇ・エンタメねぇ・ライブなんてのは何物だぁ?・お出かけねぇ・友達ねぇ・家に来るのはcoopだけ。のリアル吉幾三状態。関東地方でべこ引くわけにもいかねぇし、そもそもべこの引き方分からねぇ。それとcoopは勘で言ってる。来てるかどうか分からない。

 

 

 

「何でも無いようなことが、幸せだったと思う」と言ったのは高橋ジョージだが、本当にそうで、今現在で「○○動物園のフクロウが逃げました」とニュースになることは無い。そんな平和じゃ無いからである。平和、それもとびきりの平和でようやく読もうと思うニュースなのだから。

 

 

 

野球も同じように無くなってしまった。以前みたいにスタルヒンを「須田 博」にすることはないが、いつ野球が再開されるなんて全く分からない。ついさっき交流戦も消えることになった。「交流戦があるから、オールスターが盛り上がらないんだ」という野球観戦おじさんも、交流戦どころか野球がないのだからどうしようもない。これにはハンフリー・ボガートもガックリである。

 

 

 

そもそも、俺はなんで野球を見始めたのだろう?数多あるスポーツの中から、なんであんな、しっちゃかめっちゃかしたルールの塊で、プロ野球選手ですら朧気でしかルールを語れないし、「攻撃」といいながら、残りの8人はベンチで座っているヘンテコスポーツを、何故毎年楽しみにしていたんだ?

 

 

 

そんなの簡単だ。143試合もあるからだ。頑張って土日しかやれないサッカーとはそこが違う。物量が違う。半年間は毎日野球が見られる。そして、1点から4点入る。このスポーツにあるまじきバクチ要素。160m弾をかっ飛ばそうが、イチローが芸術的に内野の間に落とそうが、1点は1点。満塁で死球を選ぶのと同じ価値しかない。力士なんて前頭が白鵬に勝っても3勝貰えないのだ。*2

 

 

 

だから、圧倒的に「ここがターニングポイントだな」と、ここまで分かりやすいスポーツもない。そこさえ観れば、あとは何とかなる。ニュースにも落とし込みやすい。TVも編集しやすい。トイレもそんな困らない。しかも、ターニングポイントが一瞬で終わることもそうはない。なお一層喉が鳴る。

 

 

 

試合数という物量・ターニングポイントの分かりやすさ・1~4点という得点の多様性。これら3つが合わさっているからこそ、長嶋茂雄は戦後の太陽にもなり得たし、王貞治のHR1本・1本がより大きな感動を生んだ。「TVを付けたら毎日野球選手が何かやってくれる」という推進力が、ゆとり世代の目を松井秀喜に向かせた。

 

 

 

逆を言えば、これら3つのうちどれかが欠けたら、野球の人気に陰りが見えるのは明白で、野球中継数の減少に比例して、野球人口も確実に減っている。残り2つは絶対不変でも、試合数は変わる可能性がある。ましてや、「中継数」となると尚更だ。

 

 

 

国が公明党に押されて、現金給付を始めてくれそうな、そんな雰囲気が俄に現実味を帯びてきたが、野球には落ちてこない。「観客を入れる試合が無い」からだ。試合が無いからDAZNにも入らない。何てことだ。今最もピンチであるはずのスポーツ業界に、その命の灯火のお金を回すことが出来ない。こんな歯がゆいことがあって良いのか。なんで好き好んで、ヤフコメの香ばしいコメントを見なきゃいけないのか。

 

 

 

なんか新しい趣味でも作ろうかなと思って、昨日はたまたま中継した中山大障害を観たんですが、オジュウチョウサンの強さより、最終障害を飛べずに頭から落馬して即死したシングンマイケルがまぁ衝撃的で。「即死」する娯楽って何???そんな残酷なスポーツあるのか。ちょっとこれからがっつり観ようとは思わなかったな~~

 

 

 

野球は即死*3することはほぼ無いし、毎日5万人呼べるし、そこから発生する多額のお金が、また野球選手にロマンの渦を呼び込む。節制も大事だけど、夢は多ければ多いほどいいに決まっている。もしウイルスが完全に撲滅したとして、いざ復活させてみたら、野球人気が落ちていましたでは済まされないのだ。俺はつくづく思い知ったのだ

 

 

 

野球の代わりは無いのだ。野球の代わりは野球だけである。

 

 

 

 

 <これも是非>

 

 

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シーユーアゲイン なにもあげん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200406/k10012370021000.html

*2:ただ金星はもらえる

*3:ただレイ・チャップマンという大リーガーが、頭部に死球を受けて死亡している

「知っているようで知らなすぎる名選手」 その1 中尾 碩志

プロ野球コロナウイルス蔓延により、残念ながら延期せざるを得なくなってしまった、この2020年



日本アニメーションの傑物 AKIRAの予言はまさかの的中かと感激したのもつかの間、未知のウイルスにより世界中がパニックになるとは。これはAKIRAを越えるSFの匂いである。SFを「サンフランシスコ・ジャイアンツ」の略だと思った方は、MLBの見過ぎだし、「少し不思議」の略だと思った方は、藤子・F・不二雄の見過ぎですね。私は「ノスタル爺」が1番好きなんですけども。



そんなこんなで、MLBにもプロ野球にもありつけなくなったこのご時世。ピンチはチャンスとはよー言うたもので。これを機に一気に昔の野球を学び直すのはいかがでしょうか。



というわけで、以前に金田正一の記事を書いた訳なのですけど、金やんは、プロ野球史に残る文字通り「天皇」的存在。野球ファンからしたら、知っていて当然のビックネームな訳で、知らない場合は張本と一緒に天国から喝を喰らってしまう。張本は死んでいないし、あと15年は生きそうだが。



なので今回は、それより数段落として、知っているようで知らない名選手を随時紹介していきたいなと思い、今回このような記事を書くに至りました。



それでは発表致します。今回紹介する名選手はこちらの方です・・・!!



中尾 碩志(なかお ひろし)選手ですーーーー!!!!!!
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・・・申し訳ないですが、存じ上げないですね~!「いや、日本初のワンポイント投手じゃねーか!!!!!!!!」というツッコミをして頂いた方、ありがとうございます~!てっきり榎本喜八辺りが来ると思ったコアなファンの予想を外すには、さらにコアでないといけないと思いましてね~。早速デビューが「戦前」の名選手を紹介していこうと思いますよ~!!



この中尾投手なんですけど、実は通算勝利数209勝なので、バリバリ名球会に入れる、とんでもない大投手ですね。巨人の生え抜き投手の中でNo.1の勝利数のようです。「入れる」と書いたのは、中尾さんは大正生まれで、資格が無いんですよね。名球会は「昭和生まれ以降でないと入れない」というルールがありますから。さすが「天皇」ですよ。




中尾硯志 (巨人)

(youtubeに投球動画がありましたが、再生数が440回しかありません・・・)


さて、この投手は1939年(昭和14年)デビューの、世間ではノモンハン事件なり双葉山の69連勝に湧く中、栄光の巨人軍のマウンドを踏みしめるわけなんだけれども、中尾さん、瞬く間に同期の打撃の神様川上哲治と共に野球界でザワザワ騒がれるようになる。



それは何故か。今までで見たことが無いとんでもないノーコンだったのだ。



かつて、というか今でも、「ノーコン」と揶揄される投手は一定数存在する。そして概ね球が速かったりする。遅い球のノーコンは、どでかいカーブだけで勝っていたサンフランシスコ・ジャイアンツ時代のバリー・ジトくらいのものだ。



ちゃっかり冒頭のボケに被せたところで、金やんも最近で言えば藤浪もノーコンで通っていた時代もあるが、この中尾はレベルが違う。なにせデビュー年は224イニング投げて、与四球がなんと174個。1イニング1個に近いペースで四球を量産する中尾。そして被安打が153で「四球の数より被安打の数の方が少ない」という珍記録を叩きだしたのだ。



打って出塁するよりも、ただバッターボックスに突っ立っていた方が塁に出られる。そんなマウンドに上がったドカベン岩鬼のような異色投手。



同時期に活躍していたといえば、沢村やスタルヒンといったパワプロくんの記録室でしか見ない選手だが、スタルヒンはこのシーズン458 1/3回を投げながら与四球156個で、スタルヒンの半分も投げていないのに中尾の方が多かった。



では一体沢村はどれ程のもんなんだと、成績をザッと調べてみたら、戦地に行っていて全く登板していなかった。まぁ時代っすかね。*1



まぁ最も怖いのは、この1939年巨人の投手登録人数が、僅か3人しか居ないという事実。高校野球の話ではない。れっきとした職業野球のエピソードである。しかも、そのうちの1人である楠が、捕手と投手のユーティリティという、パワプロなら赤色のネームプレートに青色が混ざるとんでもない起用法をされており、わずか70 2/3回しか投げていない。したがって、このシーズンは実質上投手2人で野球をやっていた訳だ。ちなみに、今の野球の常識は投手13人である。80年の月日で6.5倍になった。



そして実は、投手登録こそされていないが、時々マウンドに上がっていた野手が1人居る。「打撃の神様」こと川上哲治である。人材難が行きすぎて、102 2/3回川上が2刀流で試合に出場しているのだ。防御率2.36となかなかの成績だが、WHIPは1.41と投球にネガティブな面が出ている。そうは言うけど中尾は2.61だから、川上は何故そんなに使われなかったのだろうか?*2



ルーキー年からケンカ投法を見せつけていた中尾だが、その後も別にコントロールが格別に良くなることもなく、毎年100以上の与四球を叩きだしている。制球力が良くなったのは、技巧派に転身した50年代からで、毎年180回~190回投球して四死球が40程度という、いかにも現代な成績を記録している。



というわけで、中尾と言えばやはりノーコン空中殺法なのが分かったところで、いよいよ中尾の代名詞のノーヒットノーラン2回について記そうと思う。



こんなにノーコンで文字数を稼いでおいて、後半にノーヒットノーランを語るのだから、当然普通のノーヒットノーランなわけがなく、1度目は与四球10個・2度目は四球7個死球1個の合計8個という超ド級な荒れ方をしていた。当時20歳でノーヒットノーランをしたというきこえの良い解釈も出来るけども。



当時の巨人の投手陣は、スタルヒンもノーヒッターを1回しているので、沢村が3回・中尾が2回・スタルヒンが1回で短期間で6回も記録しているのだから、戦争がもしなければ、とんでもないローテーションが形成されてたのは間違いない。最もアメリカには1人で7回した投手も居るのだが・・・。*3



輝かしい現役生活を終え、指導者としての道を歩み始めた中尾。川上とは同期の桜のよしみで、V9時代の投手コーチ・2軍監督として辣腕を振るうことになる。長らく名伯楽として名を馳せていたが、「湯口事件」という、ドラ1投手がうつ病になり自殺するという事例が発生。*4これが遠因になったか定かではないが、V9が途切れた74年に指導者からも引退する。



現役時代が古すぎる・指導者時代に黒歴史を作る 以上の理由からか、中尾を語る記事はネット・書籍を見てもあまりに少ない。巨人の星で鬼2軍コーチとしてアニメに出ていたイメージの方が強いかも知れない。



200勝投手の中でも存在感を見せない中尾。同じく古すぎて記事が無い200勝投手、野口二郎もネット検索したが、野口の方が記事が多かった。少し「不自然」なくらい記事が無い中尾。書きながらちょっと怖くなる自分がいた。いや考えすぎなのかもしれない。



このように定期的にコアなプロ野球選手について書いていくので、読者も定期的に観に来てくれると嬉しいです。「知っているようで知らなすぎる名選手」シリーズをどうぞよろしくお願い致します!!!!



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あ、でも寮に謎の幽霊は出るらしいです。









シーユーアゲイン なにもあげん



<これも是非>
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*1:チョコレートプラネットのポテチのネタみたいに言っていると思って

*2:川上は高校時代の投げ込みで肩を壊し、軟投派にモデルチェンジを図っていたため、伸びしろに魅力が無かった。と思われる。

*3:ノーラン・ライアンのこと。彼も負けず劣らずノーコン

*4:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B9%AF%E5%8F%A3%E4%BA%8B%E4%BB%B6

【緊急企画】金田正一は如何にして400勝したか辿ってみよう(後編)

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めちゃくちゃ後回しでブログを書いてました。かなりすみません。かんんんんんんなりすみません。1年後に読んでいる人は何のことか分からんけども、後編を書いてみました。どうぞお気楽に400勝するつもりで読んでみて下さい。

 

 

 

【11年目~15年目】

1960年~65年までの金やんは、それまでの10年に比べて、大きく苦心する期間だったと言って良いのではないか。なんてったって1960年は、20勝22敗という52年以来久しぶりの20勝投手の負け越しを記録しているし、5年連続で続けてきた300奪三振も途絶えてしまった。ただ284奪三振なのでとんでもなくスゴいことではあるが・・・。

 

 

 

原因は、どうやら58年のオフに父が急逝した影響でオフに十分な休養が取れなかったらしい。当時の身内の不幸ってそんなに尾を響くものなのか?当時を生きている訳ではないので、今となったら解決できないが、一般社会でも忌引きで1週間だと考えると、それが果たして3年も尾を引く出来事となり得るのか???

 

 

 

自分の中で2つ仮説を挙げていて、1つはこの当時の葬式は大事だったのではないかということ。もう文化人類学の話になってしまい、野球の話ではなくなってしまうが、当時の慣習として、葬式は1週間ではなく、それ以上或いは1ヶ月弱の長期間に渡っていると考えれば、3年響くという話もあり得ない話ではない。

 

 

 

もう一つは、イチローばりの年密スケジュールでオフの治療・トレーニングを遂行していたという仮説である。これは江本との記事で食に関するこだわりがあったので、ここに貼っておきます。

 

 

金田 「野球は走るトレーニングをする。走り込んでも負担にならない食べ物を、まず勉強しなきゃならんのだ。朝はカレーライスなんて宣伝して、そんなバカなこと言ってるヤツいるけど」

 江本 「だははは、いましたね」

 金田 「子どもに朝はカレーじゃないですよ。ワシらは、メニューを緻密に高度に、やってきた。朝起きる時間、練習する時間、内容、すべてをコンピューター以上に、細かくやってきたんだよ」

~(中略)~

江本 「そういう発想が今、ないんです。当時の鍋とか食材、どういう発想だったんですか」

 金田 「ふっふっふ。教育よ。ワシの親は、冷めた料理は絶対に食わせなかったんだよ。熱のある料理しか出さない。ワシは(ロッテで)監督してても、選手には絶対、冷めたもの、食わさんかったからね」

 江本 「そうですか」

 金田 「ワシは昭和26年から、今でいうミネラルウオーターを取り入れておったから。これも母親の教育。昔の親は旅行するとき、水に気をつけろよと言うんです。ミネラルウオーター、布団、鍋、釜、全部、自分でやってきたのよ。給料は全部、食べ物に投入してきたのよ。だから400勝したんだよ」

 江本 「やっぱり、食ですよねえ。肉を食うなとか、アレを食っちゃいかんというのは、ないですよね」

 金田 「格闘技でも、ライオンでも何でも、肉食動物は強いぞ」

 江本 「今の選手も肉、少ないらしいです」

 金田 「まずい肉だから、食わないんだよ。歯が折れるくらい、噛んで食べないといかんから。口に入って、とろけていくような肉だったら、誰だって食べますよ」

 

 

 

江本の記事で役に立つのはこれが初めてなのかもしれないが、相当なこだわりだ。なにせ肉を食わない→とろける肉なら大丈夫 という解決策は斜め上である。確かにここまでこだわる人はそこまで多くないとは思う。あと、江本は野球選手に会っているのは金やんだけで、他は統一感がなさ過ぎるメンバーだった。野球好きなのか?????

 

 

 

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あまりに統一感がない・・・・・・・・・

 

 

この5年間は不調ともいえるシーズンを送っているが、決して投球イニングが少なくなっているわけでもない。そこが本当に怖い。特に62年は47登板と前年より9登板少なくなりながらも、イニング数は330→343 1/3 で増えており、金田への依存度は少なくなるどころか増している。

 

 

 

国鉄の最大の問題点は、金やんへの依存度である。確かに他の名選手も依存をされてきた。俗に言う300勝投手は、成績表を見る限り、多かれ少なかれ依存されている。ただ、それが続くのはあくまで数年。それまでに新たな投手が台頭したり、ローテーション組んだりで、イニング数は減少を辿る。しかし、こと金田正一に関しては別である。

 

 

 

十数年単位で金田の依存度が変わらない。そんな変態チームはこの時の国鉄だけである。350勝投手の米田でも、梶本という250勝投手とコンビを組んでいたので、当時の阪急よりも1投手に頼りきっている。もちろん金田が「天皇」と言われていることも少なからず影響しているとは思う。ただ、十数年そのチームを取り巻く環境がなんら変わらないなんて異常としか言いようがない。

 

 

 

それこそ2005年~19年の巨人なんて、ローズと小久保と清原が中軸で、内海がチームに居づらそうとしていた時から、山口なり坂本の台頭で黄金期を迎え、原監督の謎の外野2人シフトを経て、また原監督がチームを担っているのだから、めちゃくちゃ変わっている。ちょこっと山本モナ - 二岡 の「五反田ラブホお笑い」も挟みつつだ。

 

 

 

監督は金田の在籍中に6人替わっている。でもその6人全てが金田に依存しているのも怖い。監督が替わっているのに、野球が変わっていないのだ。「金田が0点で相手をしのぎつつ、味方が1点獲って勝つ」これだけなのだ。

 

 

 

この5年の金田の成績推移は

 

 

 

勝利数・・・234・20・20・22・30・27 合計353勝

敗戦数・・・183・22・16・17・17・12 合計267敗

奪三振・・・2739・284・262・262・287・231 合計4065個

イニング・・・3279・320 1/3・330 1/3・343 1/3・337・310 合計4920イニング

 

 

 

15年目を終えた時点(1964年)で、勝利数は米田を超え1位。敗戦数は2位。米田は敗戦数がかなり多い。国鉄のチーム事情から考えて、金田はかなり勝率がいいと言える。この時代で同じく弱小球団といえば広島が挙げられるが、そのエースの長谷川良平は、197勝208敗で負け越している訳で、金田が如何に優秀な投手なのかが分かる。

 

 

 

金田はこの年で31歳である。20台でどんだけ働いているんだという働き方をしていた。電通のような高収入ブラック企業、もといブラック公務員である。国鉄だからね。おいうるさいって話ですよ。

 

 

 

奪三振は驚異の4000個越えで、日本人で達成者は金やん以外に居ないし、MLBでも達成者は4人のみである。(結構居た)1位のノーラン・ライアンは5714個らしい。軽く越えてくるな。もしダルビッシュがライアンの記録を超えるとするなら、このままのペースで奪三振を積み上げていけば49歳で達成できるらしい。なのでもう無理な記録である。金やんがこのままのペースで行ってくれたら可能性はあったものの、巨人時代で減速してしまうので流石に無理だった。

 

 

 

意外なのが江夏豊である。シーズン401奪三振というライアンでも届かなかったシーズン記録*1を有していながら、通算奪三振に関しては3000にも届いていない。3000にもってあまり言いたくないが、ちょっと意外である。やはりリリーフ転向が早すぎた。

 

 

 

そして、この年を最後に国鉄を去り、ON率いる巨人に入団することになる。

 

 

 

【16年目~20年目】

1964年のオフ、国鉄のフロントにはなんとも言えない空気が流れていた。金田がB級10年選手の権利*2を行使し、巨人に移籍したものの、昭和中期のべらんべえ社会、そんな円満退団なわけではなく、当時の監督・林義一との確執(誰?????)そして国鉄資本提携したサンケイからさんざん口出しされていたらしく、らしい移籍の仕方をしている。

 

 

 

金田曰く

国鉄とケンカ別れするのではない。どちらかと言えば、僕は身を引いたことになりますかね。国鉄が緊縮財政となった中で、僕の給料は飛び抜けて高い。僕はいては企業として成り立たない。ならば高い給料を出しても企業として成り立つところへ行かなければならんということでしょ。
 その場合、やっぱり在京球団になります。僕は東京に家もあるし、家族もあるから、そうじゃなきゃ成り立たない」

 

 

 

こんなに巨人をにおわす発言も珍しい。当時の国鉄は緊縮財政も図っていたようである。そもそも球団が5億円の球団赤字を出す中で、金田の当時の年俸3000万円はあまりに重荷だったらしい。

 

 

 

しかし、1964年と言えば、漫画「アカギ」でお馴染みの「当時の金額は現在の価格に換算すると当時の10倍」の法則が、丸っきりピッタシ当てはまるそんな世の中。その勘定でもって現代の貨幣価値に換算すると球団赤字が50億で、金田の年俸が3億になってしまう。しかも、球界最高年俸でもないとのこと。*3

 

 

 

こうしてみると分かるとおり、金やんはめちゃくちゃ貰っていないのだ。3億円で言うと丸の年俸が5億だからそりゃゴネたくもなる。14年連続20勝以上で3億は安すぎる。そして国鉄は一体どんな球団経営をしていたんだろうか。国鉄使えば交通費がタダだろうにどうして・・・

 

 

 

こうした訳で晴れて巨人に入団した訳なのだが、2月の春季キャンプでは若手選手との相部屋だったらしい。2年目の渡辺投手との1ヶ月キャンプ生活。天皇との相部屋で精神状態はどうなってしまうのだろうか・・・。ただ、当時はONも相部屋だったようで時代の違いが垣間見える。こんな国民栄誉賞の相部屋があったとは。

 

 

 

練習メニューもとんでもない (以下引用)

しかし、練習だけはカネやん流を貫いた。

藤田元司投手コーチの作成した、投手練習計画では午前中から始動する投手は、最後にピッチングをして約3時間半の練習を終えるが、金田はその後場所を移してトレーニング。

陸上競技場の観客席にあたる坂になった土手をダッシュで30本駆け上がり、今度は柔軟体操。休む間もなく、球場へ戻り、今度は外野ノックに参加。

「カネさん、朝から動きっぱなしだね」。練習好きでは負けないはずの、長嶋も舌を巻いた。

*4

 

 

 

金田のトレーニングは、走りこみで知られており、プロ野球ファンの間でも語り草ではあるけれど、これはとんでもない量である。しかし、ランニングというより短距離ダッシュである。これを相当数やりこんでいる。マラソンをやりこんでいる訳ではなかった。昨今プロ選手が警鐘を鳴らしている、「走り込み不要論」ではあるが、金田も短距離ダッシュを繰り返しているので、当時から長距離のランニングはしていなかった。

 

 

 

国鉄時代とはうって変わり、巨人時代の金やんは決して順風満帆なプロ生活とはいかなかった。まず、野球以外でトラブルに巻き込まれている。

 

 

 

まず、キャンプ中に執拗な脅迫電話に悩まされ、警察が出動する騒ぎに発展している。加えて開幕戦は完投・金田のHRで快勝したものの(???)3連戦目で中日と一悶着を起こして即退場。その後、中日の本拠地にて乱闘相手と握手して和解したものの、帰りのバスで中日ファン500人に囲まれて「金田を出せ、二度と投げられないようにしてやる」とめちゃくちゃな脅迫を受けていた。古き悪き昭和がにじみ出ていた。

 

 

 

そして、国鉄時代から不死身の如く投げていた肘が、巨人時代になると一気に悪化してしまう。1年目の65年から1ヶ月以上の戦線離脱で、ビタミン注射を9日間で43本も刺されたと証言している。*5

 

 

 

流石に健康面にもガタが来た金やん。この年は14年連続20勝が途切れてしまう。わずか11勝しか出来なかった。これはらしくない。20勝はしてもらわないと。常識とは何なのか。そして防御率、驚異の1.84で3度目の最優秀防御率である。なんだこの人は。怪我とは何だったのか。全てがおかしい。

 

 

 

翌66年も肘の痛みに悩まされる。しかも今回は投手の職業病のネズミである。今では内視鏡でメスを入れたらちょちょいのちょいで、恐るるに足らん怪我だが、半世紀前のネズミは治療法が確立されていない「死の病」全治未定の診断を受けていた。*6

 

 

 

ネットサーフィンに長時間浸っていると、とんだおもしろ記事を見つけてしまうこともある。66年 6/13日号に書いてある金やんの肘治療法は、まさしく「サイコ」なものだった。

 一方、左ヒジの故障に苦しむ巨人・金田正一が「ソ連製の秘薬」でカムバックを図っているという、いかにも胡散臭い話もあった。
 これは妊婦の胎盤から採取したエキスを脇腹から注射するというもの。しかも全身麻酔で注入部分を切開してから注射するらしい。
 ソ連の高名な医師が東ドイツから技術導入してつくり上げたもので、値段がつけられぬほど高価。さすがの金田でも手が出ず、スポンサーだった製薬会社が手配してくれたものだという。
 同じ民族、同じ血液型、しかも初産か二度目くらいの健康な妊婦から取らなくてはならず、胎盤探しはかなり時間がかかった。
 そして、ほんとかウソか、これでヒジの痛みは消えたらしい。*7

            ・・・・・・・

 

 

 

絶句したのはさておき、治療が終わって、早速(おそらく)嬉々として多摩川で200球を投げ込む金やん。「この調子ならあと1週間でベンチ入り出来るでしょう」とご満悦な藤やん。もとい藤田投手コーチ。これが20世紀中盤の野球である。マエケンが現代で投げ込みを30球しか投げていないのを見て、不満をべちゃくちゃ垂らすのも逆に分かってしまう。巨人の星でも、第1話の初登場でいきなり300球投げ込む星飛雄馬から始まっているし、これくらいやらないと栄光の巨人ストーリーが始まらないのだ。

 

 

 

神様はやっぱり見ていたのだろうか、こんな倫理観皆無の治療を許すほど慈愛に満ちて居なかったようで、この年(66年)はまさかの4勝で、金やん17年目にして初めて「人間」らしい成績になっていた。

 

 

 

 ただ、「天皇」と呼ばれているだけあって、戦前の考えでは「神様」の扱いだったからか、それはどうだか分からないが、翌67年は16勝5敗 2.28でたやすく沼から這い上がってきた。

 

 

 

V9時代はやはりONと金やん、ないし柴田・土井辺りに注目が集まるが、先発ローテーションも極上だった。特に67年は堀内12勝・金田16勝・渡辺13勝・城之内17勝と4人が二桁と規定投球回を達成している。目を見張るのが、投球イニングの少なさだ。最も投げている城之内でも227イニングで抑えることが出来ていた。かなり現代野球化している。ちなみにパリーグで最もイニングを食った西鉄・池永は335 1/3で、未だに優秀な投手を使い潰す風習はまだ終わっちゃ居ないにも関わらずだ。

 

 

 

翌68年も11勝と二桁勝っているものの、今までよりは神通力という面で弱くなっているようで

 

 

「ワシはこのチームに打たれると、ほんま頭にくるんや。

ほかのチームの五倍くらいシャクにさわる。元国鉄やと思うからいかん、新しいサンケイというチームやと思えばいいと人は言うけど、考えてみい。出てくるやつはみんなワシが昔どついたやつばかりや。

昔はワシとあまりに身分が違い過ぎて、そばにも寄れんかったやつらばかしやないか。そんなやつらにやられるんやで」*8

 

などとコメントしている。ずっと怖いし尖っている。その後記者から「リリーフの方が成功率が高いので転向したらどうか?」と提案されたが、「ワシにリリーフに回れというのか。このワシに」とヤクザみたいな脅しをかましていた。さすが巨人会の会長である。

 

 

 

何はともあれ、その翌年の69年には400勝を無事達成して引退するわけである。実働20年の投手は、今ではあまり珍しいことではないが、プロ野球で実働20年を達成した投手は金田が初めて。半世紀後に30年やってしまう人が出てくるとは想像もつかないが、当時としては実働20年>シーズン30勝・300イニングだったみたいだ。

 

 

 

ちなみにこの金田の400勝は、実のところ達成した当時、あまり騒がれていなかった。いや、「騒ぐことが出来なかった」というべきか。何故なら同時期に「黒い霧事件」が発覚し、一連の八百長騒動で400勝どころではなかったからである。八百長コロナウイルスもハタ迷惑な騒動である。

 

 

 

この5年の金田の成績推移は

 

 

 

勝利数・・・353・11・4・16・11・5 合計400勝

敗戦数・・・267・6・6・5・10・4 合計298敗

奪三振・・・4065・100・58・132・87・48 合計4490個

イニング・・・4920・141 2/3・84 1/3・170・138 1/3・72 1/3 合計イニング5526 2/3

 

 

 

かくして、金田正一は苦節20年かけ、この不滅の金字塔を見事に成し遂げたのである。

 

 

 

【感想】

 

金田さんが逝去されて、すぐまとめて書こうかなと思っていたんですけど、想像以上に手間を取ってしまいました・・・。文字数から分かるとおり、ちょっとした「論文」みたいになってます。それだけ金やんの人生は濃かった。これでもまだ監督時代が入っていないのだから驚き。監督時代のエピソードまでは、流石にこちらのやる気がもたない。

 

 

 

個人的に収穫だったのが、週刊ベースボールが創刊60周年の企画として、58年の創刊号から1日1冊ずつ、定期的に振り返り記事をネットにUPしていることだった。これは当時の生の声を直に聞くことが出来て、ありがたいことこの上無しだった。60周年記念の企画が62年目の今でも連載中なことはさておいて、野球の歴史を学ぶ上では、非常に貴重な記事群である。よかったら是非、みなさんも見ては如何でしょうか???

https://sp.baseball.findfriends.jp/?pid=baseball_weeklybaseball60special#tmore23_2-4

 

 

 

次回からはまた普通に気が赴くまま、記事を書いていこうと思いますが、ひょっとしたら、野村克也の記事も書くかもしれないです。死んだ時に限ってまとめ記事を出す姿勢は、国民栄誉賞の選出みたいで、あまり出し方がよろしくないので、やっぱり気が向いたら書こうと思います。

 

 

 

〈これも是非〉

mochan9393.hatenablog.jp

 

 

mochan9393.hatenablog.jp

 

 

 

 

それではシーユーアゲイン なにもあげん

*1:ライアンは1973年に383個

*2:

プロ入りから10シーズン以上現役選手として同一球団に在籍した者は「自由選手」として表彰され、所属球団を自由に移籍する権利が与えられた。

1952年の改正後は、10シーズン以上現役選手として球団に在籍した者に対しコミッショナーが10年選手に指名した。10年間フランチャイズ・プレイヤーだった「A級」と、単に10年間現役だった「B級」に大別された。A級は「ボーナス受給の権利」と「自由移籍の権利」、2つのうち任意の選択肢を与え、B級は「ボーナス受給の権利」を与えた。また、A・B級双方とも引退試合の主催権利が与えられた。再取得は3年後。

*3:最高年俸は320勝投手の阪神・小山である。

*4:https://www.sponichi.co.jp/baseball/yomimono/professional_bbd0802/kiji/K20080124Z00002040.html

*5:https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20190114-01 

*6:https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20190307-01

*7:https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-201903314-02

*8:https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20190818-01

オフシーズンに獲得した新外国人の2020年を占う

2019年、今季も終わりオフシーズンに突入した。



あっという間である。かつてはシーズン終わるまでなげぃと思っていたのに、この頃はちゃんちゃら出勤してたらいつの間にかシーズンが終わっていた。昔はパワプロ君も1年に2回出していたというのに、この頃は2年に1回なのもまぁ時代っすかね。



MLBを観始めて8年目に突入したこともあり、MLB時代を知っている選手も大分増えてきた。ビシエドやらロメロやらロペスやら、結構BS越しに目にしてきた選手が、なんの因果か日本の球場にひょっこり立っているのだから不思議である。



というわけで、MLB当時を知っている選手達をここで簡単に紹介してみようと思います。獲得評価とおおざっぱで当てにされたら困るけど成功確率も載せてみました。当たるも八卦当たらぬも八卦なので、どうか優しい目で観てください。



巨人:ヘラルド・パーラ
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我がプロ野球が誇る大本営読売ジャイアンツがまたしても大本営発表かましてきた。戦前とは異なりこれは事実らしい。今季のWS覇者ナショナルズの一員である男が、来季から東京ドームを駆け回ることとなる。



「ベイビーシャーク」と呼ばれるパフォーマンスを開発して今季のMLBを湧かせてきた男。パーラは今季でプロ生活12年目を迎えたベテランでもある。MLB昇格したのが20歳の若さで*1、これで10年以上生き残っているのだからスーパーエリートである。



そんな人が何ゆえNPBの門を叩いたのか。それはひとえに、ここ数年アメリカ球界を揺るがす「FA大寒波」である。海の向こうでは、立て続けにFA後の大型契約が振るわず、数億数十億規模の大損害を叩き出しており、この煽りを受け、30過ぎの選手の契約が全く決まらないという異常事態が起こっている。



パーラとて例外ではなく、ここ2年間は何れもマイナー契約であり、加えてバレンタインデーに就活を終えている。今年で3年連続の就活。巨人はこの間隙を上手く付いた。今年は11月で所属も出来るし、2億貰えたら家族も安心させられる。差し引き約3ヶ月、FA先を考えずに野球の練習に打ち込めるのは大きいと思われる。WIN-WINの契約ではないだろうか。



【どういう選手???】
打撃はキャリアを通じて早打ち。ここ数年改善されてはいるが、未だに辛抱強く球の見極めを心掛けるタイプではない。その分だけコンタクト能力も高く、MLBの中でも三振で終わるのは珍しい。パワーにはあまり秀でていなく、打球速度はMLB平均を大きく下回っている。得意にしているコースも無いが、逆に苦手にしているコースもない。青木のMLB時代に似ているが、青木より選球眼では劣っている。



パーラといえば、やはり堅守であり剛肩である。全盛期はイチローと張り合う(或いは上回る)と言われたバカ肩はオンリーワンの魅力。MLB見たての頃は世界で3本の指に入るキャノンっぷりを発揮。もう2本はもう既に引退という悲しみ。それに比べ、パーラはかなりタフである。守備指標は概ね+評価で、守備で足を引っ張ることはまずないと思われる。ゴールドグラブも2度受賞している。



来季の成績予想は.280~.300 10HR~15HRで中距離ヒッターとして35二塁打以上あたりが現実的。LFのゲレーロの席が空いた今、レフトの穴埋めには持ってこいの選手。またほぼ全てのシーズンで100試合以上出場と4000打数以上経験している。まさにトップレベルの選手といえる。



パーラに期待したいのは、成績以上にメンタリティも大きいだろう。WS制覇のチームに在籍して、翌年からNPBで働くという例が、一体いくつあっただろうか。この契約には、巨人の日本一奪還の意味もおそらく込められている。かれこれ最後の日本一から7年離れている。セ・パの実力差は想像以上に大きい。これを埋められるメンタリティを植え付けられるか注目である。



【総合評価】A 【成功確率】70%



阪神ジャスティン・ボーア
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ロサリオ・グリーンウェル・メンチなど、ことネタ外国人の宝庫でもあり、日本一道頓堀ダイブを30年以上待ち望む、西の猛虎も黙ってはいない。今季も中々の大物を釣り上げた。エンゼルスから大谷の同僚でもあるボーアを早々と釣り上げた。


【どんな選手???】
今季の新外国人史上でも1・2を争う長距離打者。だが、パーラとは異なりMLBデビューは26歳と遅咲き。そもそも、カブスの25巡目・770番目に指名された生粋の雑草である。



20HR以上・OPS.800以上を3回もマークしており、左方向にも大きい打球を飛ばすことができる。また、キャリアの大半を過ごしたマーリンズは、30球団で最も本塁打が出ない球場として有名であり、そこを本拠地に構えての20HR以上は想像以上に価値がある。ちなみにそこで59HR放った同僚(もちろんジャンカルロ・スタントンのことである))は300億以上の契約をもらっていた。



NPBに来る外国人は得てしてキズがつきものだが、ボーアの傷はかなり多くて深い。まず、左投手はほとんど打てない。ここ2年は右投手にのみ起用されていて、左投手時の打率はいずれも1割台に沈んでいる。右投手と左投手で、打順を変えることを視野に入れなくてはならない。選球目には秀でていて、打席ではかなり辛抱強く待てるものの、今年の打率.172ではさすがにカバーしきれない。



打撃ではまだしも、守備は「道路工事用のコーンの方が広い守備範囲」と記者から酷評されてしまった。グラブ捌きは下手ではないものの、流石に120kg超の体重で機敏の動きは期待できないかも。というより、ホームベースから1塁までの到達タイムが、平均4.82という初芝を彷彿とさせるかのような鈍足っぷりである。守備防御点もおおむね毎年マイナスになっている。また、両足共に爆弾持ちで、何度か長期離脱も経験している。



擁護できるポイントも勿論ある。2019年はMLBでは不振だったが、AAAでは打率.316/出塁率.441/OPS1.104と野球無双している。まさにコーエー状態。そしてMLBでのBABIP*2が.196とかなり不運に泣いた。打球角度や打球速度はMLB平均よりかなり良く、コンタクトさえ出来れば、打球の質に関しては問題ない。baseball referenceによると、2020年のMLB成績予想は.237 16HR OPS.780と持ち直す予想が出ている。ましてやNPBなら尚持ち直す期待も持てる。



上手くいけば、打率2割後半30HR以上が期待できる選手。まずは150~200打席様子を見て、起用法を考えてもらいたい。



【総合評価】B 【成功確率】60%



オリックス:アダム・ジョーンズ

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伝説のWBCでのHRキャッチ このプレーで一気にアメリカの優勝をたぐり寄せた


MLBファン誰もが驚く移籍だった。10年代も大きな見所を見せられないままペナントを終わってばかりいた、パのお笑い担当いやお笑いにもならない注目度のオリックスが、銀行をバックにした潤沢で唯一の長所の資金力で、通算282HR・1939安打というNPB史上5指に入る超大物を捕まえた。



MLBでAJと言えば、アンドリュー・ジョーンズとアダム・ジョーンズだったのだが、まさか双方とも太平洋を渡ってくるとは。特にアダム・ジョーンズは、2年前に年俸17億円以上*3を貰っていたオリオールズの看板選手だった。そして、元々はマリナーズの有望株だった。マリナーズは野球ファンが気づかない所でも着実にミスっているのだ。



そんな名選手にも思わぬ危機が訪れる。前述した「FA大寒波」である。そこそこの成績を残して18年FA市場に出た彼に待ち受けていたのは、1年3億円というとんでもない低評価だった。一気に14億ダウン。しかも雇用は1年のみ。おそらく税金で19年シーズンは大赤字だっただろう。その間隙をオリックスは突いた。複数年契約と2年8億円を用意し、見事アダム・ジョーンズをかっさらってみせた。



【どんな選手???】
典型的な「オールドスクール型」の選手。打撃は極度の早打ちで、かなりのローボールヒッター。キャリアを通じて出塁率が.340を越えたことがない。通算出塁率は.317と名選手としてフィルターを通すとかなり低い。毎年のように四球率はMLB下位5%に食い込んでしまう。
その代わり、打率は計ったかのように.280に乗せる選手。HRは20本後半を毎年記録する。



アダム・ジョーンズの守備は、MLBで再三に渡って議題に持ち上がることで有名だった。ゴールドグラブを4度記録した名手なのに、守備防御点は毎年マイナスで「ゴールドグラブを正確に選出できていないのでは?」と、セイバーメトリクスに造詣の深い記者から苦情を呈されていた。しかし、選手間の評価は全くの逆で「センターにジョーンズが居れば安心だ」と常に高評価だった。



ジョーンズの守備は全くムダが無い。打球落下地点に真っ直ぐ向かうし、機械の如く数度目を切り、出来るだけダイビングやフェンスに激突するようなプレイはしない。しかし、逆にそれがアダになり打球反応とその後の加速が遅く、守備範囲の狭さが露呈したのだ。



全く逆の選手にバイロン・バクストンという選手が居る。彼は全ての打球を危なっかしく捕る。3塁打時の3塁到達タイム10.5というオリンピック級の韋駄天を持つ彼は、普通の選手では追いつけない打球を、目も切らずにフェンスに激突しながら取る。(最短距離は取っているらしい)危なっかしい守備故に、ジョーンズよりも遙かに守備防御点は良いのだが、毎年長期離脱をしてしまう。体の負担が大きすぎるのだ。



ジョーンズに故障離脱という文字はない。なんと最後の故障離脱は2009年というタフさだ。毎年150試合前後出場し続けてきた鉄人である。無理なく安全運転をし続けるのがジョーンズのスタイル。アメリカの坂本勇人である。もう人種から違うが・・・



指標の進化によって、ジョーンズは最もそのあおりを受けた選手の1人である。故に14億マイナスという憂き目に遭ってしまった訳だが、逆を言えば、33歳シーズン終了時点で1929安打というスーパーエリートでもある。こんなメジャーリーガーは滅多にお目にかかれるものではない。故障離脱の可能性も薄いので、個人的には最高の指名と言っていい。センターで守らすには範囲が狭いので、とりあえずライトでプレーさせたい。



【総合評価】A+ 【成功確率】85%



以上で、今回の新外国人の査定を終了したいと思う。また、新外国人が入り次第、適宜更新とDeのオースティンや、ヤクルトのエスコバーの紹介もしたいので、引き続き何卒よろしくお願い致します!!



〈これも是非〉
mochan9393.hatenablog.jp

mochan9393.hatenablog.jp









シーユーアゲイン なにもあげん

*1:MLB初昇格の平均年齢は27歳

*2:本塁打を除くグラウンド内に飛んだ打球が安打になった割合。年代によって差はあるが、約.300前後を推移

*3:このブログでは、分かりやすいように1ドル100円で換算しています