インドのピラニア

野球・相撲 時々その他 自由きままに書く インドのピラニアのように

下痢  it  be

そいつは、まるで初夏の蠅の如く、どこからともなく襲いかかってくる。

 

 

起床・通勤・会議・帰宅に風呂・・・枚挙に暇が無い。どんな屈強な奴らでも、ひとたび狙われたら、たちまち外股から内股になり、そのときだけメンタルを崩した女性よりナヨナヨしくなる。男が人生を懸けて構築するはずの体裁を一ひねりで破壊する忌まわしきプロフェッショナル。凄腕スナイパー。ひとたび砲撃されたら、食傷気味な臓器はすぐオナラというアラームを発してしまう。

 

 

なんて優秀なゲリラ部隊だろうか。数分間をまるで1時間のように体感させる怒濤の行軍をしたのかと思いきや、すぐに胃の小休止というジャングルに潜伏してしまう。

 

 

気をつけろ。それは罠だ。収まったと思うな。

そいつは狙っているのだ。休憩時間直前のお前の胃を。ロケットランチャー波状攻撃を仕掛けようとしているのだ。

おい聞いているのか!? おい!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

男はまた職場で下痢していた。そう、何を隠そうスーモである。

 

 

 

何も隠していない。最も隠していないし、最も情けない体勢だ。慣れすぎてレアメタルを扱う百戦錬磨のビジネスマンのように、この修羅場を前にして枯山水が如く落ち着いてしまっている。夏にもなってまだ温便座の職場のトイレにキレながら、踏ん張るというより、下痢  it  be(なすがまま)している。

 

 

 

もうこの「戦争」を続けて20年余りが経つ。

 

 

 

一家代々、男は下痢持ちで、節約上手な父親もトイレットペーパーだけはお金をかけていた。ふんわりとした桜の香りがするダブル。それ以外は許されない。文句なくケツが血(けつ)する。なんてことだ、そのハンデは息子にも引き継がれた。中高は身長を伸ばすため、通学前に牛乳を毎朝飲んでいたという圧倒的ビハインド。

 

 

 

まるで4年前のワールドカップ、ドイツ-ブラジルのような状態になってしまった我が臓器代表・胃だが、通学前2回の大便でスコアをタイにする。何十度、いや何千度やった光景だろうか。まるでロナウドのドリブルのように動きに淀みはない。颯爽と7:14発の電車に乗り、慣れ親しんだ角から2つ目の席に座る。角では駄目なのだ。腹の命である足下の暖房が当たらず、乗降者時に開くドアから吹き付ける冷波に耐えられない。この勝負にコーナーキックは禁物だ。

 

 

 

しかし、小生は万全のコンディショニングをしたにも関わらず、2駅目でペナルティキックを許し、ベンチ、いや便所へと吸い込まれてしまうのである。スーモ、無念のうんちカード退場。うんちマンシップに反していたか・・・。あのとき俺は本当に便所にカービィが居るんじゃないかと思っていたし、いまでもたまに「うんち」というスカを掴ませてしまい申し訳ないとも思っている。

 

 

 

勿論、俺だって調子の良いときはある。学校の最寄駅まで途中下車なしで凌ぐ事もある。(本当はそれが当たり前なのだが・・・)友達と待ち合わせし、学校までとめとないお喋りしながら無事登校、いや生き延びる事もあった。

 

 

最高という「陽」の裏には最悪という「陰」が付きまとってくる。

 

 

最悪のケースは歩き始めた直後、腹からのエノラ・ゲリ機の空襲に遭い、「下痢です・・・」と友達にwhisper words of wisdomした後、駅前の松屋にお腹を鳴らしながら不時着してしまう事だ。

 

 

「想定外」が多すぎてもう「想定内」なエンジントラブル。それを複数回やった頃だろうか、俺のあだ名に「松屋」が追加された。

 

 

「平和君」「出っ歯ちゃん」「健太(コナンの健太に似ていたから)」等、当時から二つ名が多かったが、最もありがたくないコレクションが追加されてしまった。過去のあだ名を知っていた友達からも「流石に俺たちも恥ずかしいから勘弁してくれ」と苦言を呈していた。

 

それでも、引き続き登下校を一緒にしてくれた友人達には感謝の念しかない。然れど、その後の人生で「ファットマン」「ディグダ」「クソモグラ」とあだ名トロフィーが心の棚に陳列される事を、友達は知る由もなかった。

 

 

そうこうしているうちに、このスーモVSうんちの抗争は、大学入学以降更に激化していく。大学までの通学時間は優に100分を超え、町中の便器はまるでダイソンの掃除機のような吸引力へとパワーアップを遂げ、新宿・池袋という地獄の3丁目で猛威を振るっていた。日暮里駅というあの乗降者数で、男トイレの大便器が3個しかないという地獄の4丁目もある。

 

 

ただ上野駅は良い。上野駅にはずらっと洋式便所が10個以上並ぶエリアが複数個存在しているのだ。下痢持ちのオアシス上野。俺のトイレの神様はここにある。

 

 

ってな感じで、この大学生活の4年間で、山手線のトイレ事情を細部まで完璧に網羅していた。何度西日暮里で改札を出て吉野家のトイレを借りただろう。牛丼屋=トイレ貸借業だと思っているうんちは俺くらいなものだ。初めはトイレだけ借りるのも失礼だと思い、食べたくもない牛丼ミニを食べていた。たまに豚丼に変えてもいた。

 

 

あと、いざ振り返ってみたら駅のトイレであまり用を足していなかった。そりゃそうだ。

 

 

俺のうんちは、駅の改札近くのトイレで、顔から油が浮き出ているサラリーマンを尻目に、情け容赦ない一斉射撃を仕掛けてくる精鋭たち。その名はエキスペンズ・ウンチズ。「そんな悠長に駅のトイレで待ってられるか。アホンダラ。」そうジェイソン・ステイサムに詰め寄られているのだ。

 

 

そういえば、中学1年の時だったが、派手にうんちを漏らしたことがある。週二回のランニング中の折り返し地点だった。汗により急激な温度変化をもたらしたスーモ環境省(本部所在地:胃)は、史上稀に見る腹部の火山活動を速やかに検知。「至急便器を探せ」という非常事態宣言が下った。 

 

 

辺りをサッと見回す。このあたりは常に避難訓練を行っているだけに手慣れたもんだ。速やかにコンビニを見つけ肛門の緊急着陸をさせないといけない。しかし、当時のコンビニのトイレは、さながら東京ドーム前を流れる神田川を彷彿とさせる驚きの汚さ、物の怪の住処だった。

 

 

 

それが気にくわなかった。「なら、もういっその事、漏らしてしまおうか。」環境省は神をも恐れぬ決断を下した。ランニングコースでびりびりうんち。国道でクソを漏らす英断を下した。紙もクソ(うんち)もない。そらもうドバーです。ドバーと。

 

 

 

なんという光景でしょう。酒池うんちなうんちの大宴会。俺のうんちはスベり知らず。ONEPIECEでは世界政府にケンカを売って、盛大な宴を催したが、スーモは国道とセブンイレブンにケンカを売って、うんちをもようした。

 

 

これが人生で覚えている最古の漏らしたエピソードだ。「意外と漏らしていないな」と書いてる内に「俺はうんちでは無い」と思わず顔がニヤけた。

 

 

そして2年経ち、社会人として大人の仲間入りを果たしたスーモ

 

 

4回 うんちを漏らした。  

 

 

俺は うんち だった。

 

 

着任先の九州のびっくりドンキーTSUTAYAの駐車場で、王者として、カントーもんとして、九州へうんちという名の洗礼を浴びせた。下痢の返りうんちはどうだい?九州よ。王者は不滅。うんちも不滅だった。そしてそれはなんと見事な下痢   it   beだった。

 

 

 

「いや~女の子にモテ無いっすね~」と職場で会話するスーモ。「まぁまぁそのうち出来るよ。俺だって結婚しているんだから」と手厚いフォローをかけてくれる上司。お世辞にもイケメンとは言えない。だからこそ、会話の説得力を醸し出すには十分だ。

 

 

 

「そうですよね~」と名曲のサビのようにwhisperしたスーモの尻には、しっかりうんちの跡がついていた。ここ半年で2回だ。いずれもスカシっぺをミスった負の遺産だ。歴戦の闘争の末、肛門というスーモの国門は、朽ち果てた姿を他人にさらけ出していた。

 

 

出来るわけ無い。彼女なんて。なにせ肛門のダムにヒビしか入っていないのだから。

 

 

 

そこはもうこういうしかない。「なすがままですよ。なるようにしかならない」

 

 

別に良いじゃないか。自分を大きく見せようたって何の得にもなりゃしない。なにはともあれ20年生きてきたキャリアを生かせ。うんち以外できばるな。この大きな人生で。あのMaryもそう言ってたような気がするのだ。 

 

 

下痢 it be ~なすがまま~ さて、今晩は牡蠣でも食べるとするか。