インドのピラニア

野球・相撲 時々その他 自由きままに書く インドのピラニアのように

今のうちに白鵬翔という「偉人」を見ようよ

1960(昭和35)年1月、世間は「天才」というのはどういう事なのかを知った。



あどけなさが残る、当時若干19歳の若者は、初日から11連勝を含む12勝3敗。この新入幕の若者を止める為に、相撲の屋台骨とも言える三役(大関・関脇・小結の総称)が駆り出された。こんな緊急事態は滅多にお目にかかれるものじゃない。そして同年の11月にはもう幕内優勝。入幕して1年未満、若乃花朝潮、当時の横綱達をごぼう抜きしていく「天才」 いや「天才」という言葉がショボく見える「大天才」



横綱となった彼は、足の靱帯断裂や高血圧というアスリート・・・???という相撲特有の障害に苦しみながら、着々と優勝を重ねた。



プロ野球の君主、巨人と並ぶスポーツ界の象徴。「型がない」という「どの形でも勝てる」の裏返しな最高のバッシング。「1回もそんなこと無かったのに、腰から崩れるようになったから」という、レベルが高過ぎる引退理由。親方はそんな神の子に「一回の羽ばたきで千里を飛ぶ」と言われる伝説の鳥の名前を与えた。



そうだ、この人から始まったんだ。相撲は。この人からなんだよ。戦後・高度経済成長に現れた稀代の大天才



第48代横綱 大鵬 幸喜



「相撲」というのはどういう競技なのか。この漠然としたテーマを、誰よりも雄弁に示したこの大横綱は、幕内優勝32回という。「印刷ミス・・・???」と疑われるような記録を作り上げた。



ちなみに従来の記録は片目が見えない双葉山の12回である



(パチーーーーーーーーーーーーーン)
おめぇ双葉山も大天才だな!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!



年2場所で



(パチーーーーーーーーーーーーン)
越えちゃったな!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!



カミナリのたくみがそう突っ込みそうな先人も居るが、優勝回数を20も更新してしまった大鵬。長き間「幕内優勝32回」は大鵬の象徴、いや相撲の象徴として刻まれることとなった。



この天空どころか、宇宙に突き刺さった頂きに幾人の力士が挑んだ事か。



大鵬が去った土俵の二横綱 北の富士玉の海



玉の海は6場所連続中日で勝ち越した。大鵬でも作れなかった大記録を樹立した。しかし、病に倒れ現役中に亡くなる事となる。後を追うように北の富士も急激に弱くなり、土俵を去った。



第54代横綱 輪島 大士



それまでの相撲の常識「下手からの芸は大成しない」これをあっさり覆した黄金の左。横綱で金色の廻しを着けても誰も文句を言えなかった。華・実力を兼ね備えた彼も天才の名を欲しいままにした。



それすら越えた 第55代横綱 北の湖 敏満



正真正銘の怪童。あまりに強すぎて「モンスター」「不沈艦」と呼ばれ、行く先々で勝っては観客にガッカリされる毎日。江川やピーマンと同じ位嫌われた。勝ちすぎて。いつ如何なる時も白星が当たり前。年に8回しか負けなかった場所もあった。1年単位の強さなら大鵬を越えていた。



そして同じくガッカリされた第68代横綱 朝青龍 明徳
彼が持ち込んだモンゴル相撲テイストの速攻相撲は大革命だった。彼が出る前と後ではまるで相撲が違う。その大変化に未だに殆どの日本人力士が付いていけない。



おっと速攻といえば、第58代横綱 千代の富士 貢だ。



体格・脱臼・そして娘の死全ての不幸を弾き飛ばしたルックス含めてカッコ良すぎる大横綱。全てを投げ飛ばす恐るべきパワー。いや、そこまで追い込めば立派だ。その前にほとんど速すぎる立ち合いで、前みつ取られて終わっちゃうんだから。この取り口もやはり革命だった。



現役時代に「千代の富士物語」なんて半生振り替えるドラマが出来ていた。リアル漫画。キン肉マンにも千代の富士のモデルのキャラが居た事も含めて。



そして、第65代横綱 貴乃花 光司。
あの平成初期のイカれた相撲人気を生み出した張本人。相撲ビッグバン。Jリーグと相撲人気を見た松井秀喜が入団会見で「相撲とサッカーに負けないような球場に足を運んで貰えるような選手になる」とまで言わせた。



なんだそれは、有り得ねぇ。平成生まれのゆとりの頭な俺には。相撲を完成させようとした求道者。宮沢りえとの婚約騒動。遠藤が綾瀬はるかと結婚するか?いや、あり得ねぇ。



しかし、相撲の歴史を作り上げてきたスーパーマン達でさえ、幕内優勝32回を抜くことが出来なかった。



いや、



北の富士10回 玉の海6回 輪島14回 北の湖24回 朝青龍25回 貴乃花22回



抜くとかじゃない。悪く言うと完敗である。まぁいろいろな理由があれど、近づいたとは言いがたい優勝回数だ。



唯一、千代の富士のみが31回ととんでもなく肉薄したが、18歳の貴花田に引導を渡され(いや18で横綱倒すか、普通。)「体力の限界・・・!!」という、名言過ぎる名言を残し、現役に別れを告げたのは、あまりに有名な話。その貴花田も2001年の膝の怪我の中、鬼の形相で武蔵丸を投げ飛ばし、伝説を作り引退した。「もし、あそこで出場しなかったら・・・」を考えただけで不眠症になりそうな俺。早く森のせせらぎ快眠CDを聞いて寝ろ。



千代の富士貴乃花・その他力士、全ての情熱を捧げてもまるで届かない、そんな伝説の記録「幕内優勝32回」。



しかし、時の流れとは恐ろしい物で、こんな馬鹿げた記録を超える力士が現れてしまった。という事で本題である。



第69代横綱 白鵬

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「抜いた」ではない。「軽々抜いた」のである。



そして、今日また新しく記録を更新した。41回である。幕内優勝41回。












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ここまで見たあなたは、ペーパーマリオRPGランペルくらい驚いて欲しい。32回、いや20回ですらとんでもない大台の幕内優勝を41回まで伸ばしている白鵬に対して。



あと、とんでもないおまけも付いてきた。幕内1000勝である。



少し計算してみようか。大相撲は1年に6場所・それぞれ15番だから最大90番しかない。仮に1000連勝したとしても11年以上かかってしまう。んでもって、最初から強いわけも無い。当然負ける。いや、キャリアを通じて.500以上の力士なんて強い関脇からだ。旭天鵬も寺尾も.500切っている。なので、幾らこの2人が相撲を長くやれるからって2000番以上取れるわけが無い。22年かかってしまう。22歳で入幕したとしたら44歳だ。あの体を食欲が強制的に落ちてしまう44まで維持出来る人なんか居ないだろう。



白鵬の記録はまだある。玉の海の「連続中日勝ち越し記録」6場所。これを10場所に伸ばした。尚且つ北の湖の「37場所連続2桁勝利」を51場所に伸ばしている。ちなみに3位の大鵬は25場所。ダブルスコアって・・・。



「記録は抜くために有るのでは無い。余裕に抜くためにあるんだ」  こんな名言無いが、白鵬がもし言ったら納得せざるを得ない・・・。



少し前に、幕内勝利数の大記録を樹立した力士が居た。大関 魁皇である。その前の千代の富士の記録807勝を20数年ぶりに、しかも以外と余力を残してクリアした。879勝である。当時見た時、「この記録はちょっとやばすぎるな~~~~~~~すげーな魁皇」ってな感じでNHKにかぶりついてた。魁皇だってキモイ。スゴいを通り越してキモかった。39歳で大関なんか前例が無い。そんな生きる鉄人が作った偉業。



だったけど、全然無理じゃ無かった。こんな女子棒高跳びのイシンバエアみたいに、記録をバンバカ超えられたらもう笑うしか無い。しかもまだ伸びそう。



でも、白鵬のスゴいところはそんな所じゃないんだよ。そこもすごいけど、そこじゃないんだ。勝つだけなら他の力士も出来る。ただ、「白鵬杯という少年相撲の最も大会を開いて、相撲を広めようとしている」姿を見たら、もっとビビってしまう。



相撲見ている人からしたら、有名な話なんだが、毎年「白鵬杯」という少年相撲の大会を開いている。参加者は50人とか100人ではない。1300人だ。



放送作家として名高い鈴木おさむも企画しているこの大会。島田紳助が立ち上げたM-1が一番近いかもしれない。これの最もスゴいところは、「参加者と親御さん全ての交通費はスポンサーと白鵬持ち」だそうだ。太っ腹過ぎて何が何だか分からない。



今年の2月に初めて観戦しに行ったが、そりゃもう楽しかった。下手したら本場所より楽しかったし、少年が一生懸命戦っている横で、缶チューハイに舌鼓を打ってしまった。これだからクズはやめられない・・・。



あと本場所ではホットドックが美味しい。お昼のちゃんこはほんと食べて欲しい。とんでもなく美味しいから笑っちゃう位の旨さだ。正午ぐらいから毎回300円で振る舞われる。世界一コスパが良いかもしれない。まさかコスパの競争でちゃんこが出てしまうとは。



そんな堕落していた2階席の俺を尻目に、白鵬は朝8時から正面の席にどっしり座っていて、ファンやら財界人やら分け隔て無く挨拶していた。俺ともう1人の友達は、隣の席にでかでかと書いていた「花田 虎上」が、いつ来るのかの話題で持ちきりだった。白鵬は朝一で来てるのに。その後、花田氏はお昼休憩のトークショー鈴木おさむ嘉風白鵬と共に出演。これが無料だから恐れ入る。んでもって、おそらくお兄ちゃんは、多分入り時間がお昼だったんだなと少し安心した。それにしても3人称が安定しない。



そして、土俵周辺に1300人の少年達が集まる、ど迫力な構図開会宣言が行われた。土俵に立ってスピーチする白鵬。堂々としたスピーチの後、俺は我が目を疑った。



弟弟子の肩を借りながら土俵を降りたのである。



そこまでなのか白鵬・・・。そこまでボロボロになっていたのか・・・。3月場所の出場は無いだろうなと確信したし、あれが通常の白鵬なのかもしれない。自力で土俵に降りられない状態。ほんとは今すぐにでもやめたい。それが等身大の白鵬だったのかもしれない。



それから1時間後、売店で何か掘り出し物が無いか調べていた時に、自ら募金活動を募る白鵬を見かけた。募金した後、無料で握手していた。おそらく痛むであろうその足の状態でずっと立っていた。その時の白鵬は本当に大きくて、まるで3m・250kgの見たこともない大男のようなオーラを醸し出していた。やや顔が油っぽく、額から汗が流れ落ちている。おそらく冷や汗だろう。



曙がボウリングしているVANVAN相撲界片手に、俺の目の前に現実という第38代横綱照國みたいな大きな岩がのしかかってきた。25歳になって曙がボウリングしているVANVAN相撲界ではしゃぐな。そして宮沢りえ貴乃花の婚約騒動のVANVAN相撲界を買うな。そして、曙も懸命にリハビリ頑張ってるんだぞ。また水曜日のダウンタウンで「壊すために来てんだよ!!」って、オードリー春日のアパートのドアぶち壊そうと頑張っているんだよ。



白鵬杯終わった後、友達との会話が止まらなかった。向中野君がスゴい。武蔵丸みたいな腕してるよな。と個人戦で強すぎた中3の向中野君の話ばかりしていた。その話も楽しかった。おそらく一生忘れないだろう。でも、もう一つ忘れない事があったな。



スピーチ後の肩借りたときと、我慢して立っていた時の冷や汗。



楽しさと辛さと儚さ そんな様々な思いが確かに去来していた。来年も見に行こう。そして、白鵬の生き様を目に焼き付けておこう。これから見ていなかった事で後悔したくないからね。
















大関琴光喜の息子が負けて、母親に叱られてるのちょっと可哀想だったな・・・。





シーユーアゲイン 何もあげん。