インドのピラニア

野球・相撲 時々その他 自由きままに書く インドのピラニアのように

中日与田監督「お前~」発言についての私なりの考察

中日は今季も不調である。

 

 

 

落合監督退任後から遅遅として進まない再建プラン。「よーしやってやるぜ!」という士気が微塵も感じられないフロント陣営。2013年から負け越し続きで、今季も既に借金は2桁を数える。同時に上手くいかない若手の育成。小笠原はやっと怪我から復帰したばかりだし、スーパールーキー根尾に至っては2軍で.169 1HRという壊滅的な成績である。

 

 

 

幾らルーキーの19歳だからといっても、同時期のヤクルト村上は.288 17HRに加え出塁率王だったし、今年開花した高橋 周平だって.240 7HR打っていたのだから、根尾が開花するのは果たしていつなんだろうか、などと考えるとお先真っ暗である。再建プランを立てようにも立てられないのが現状だ。

 

 

 

そんな状況下であるからして、中日ファンのフラストレーションが溜まるのは至極真っ当である。入った会社が赤字決算で一向に上昇気配が見えずに、上層役員は事なかれ主義の士気を感じられない仕事態度なら、どの部下だって鬱憤が溜まるだろうし、現状の中日はそれと同義であると思われる。ドームの立地も飯も悪いから、近くのイオンで弁当を買うって話は、中日ファンからよく漏らしているあるあるだ。

 

 

 

そんな状況下で、またちょっとしたゴタゴタが繰り広げられてしまった。与田監督の「お前~」発言である。

 

 

 

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190703-00000013-sanspo-base

 

 

 

結論から言うと ピンクレディー・サウスポーの「『お前』が打たなきゃ誰が打つ」の部分を「『お前』が教育上良くない」という理由から「球団の方に『お前』という表現を『名前』にしてくれないか、とお願いしたこと」と、与田監督が球団に直訴したのが事の発端のようで、決して与田監督が「応援をやめろ」とは言っていないとのこと。ただ、「お前」の部分を「名前」にして欲しいと、球団に提言したという話である。

 

 

 

気持ちは大いに分かる。誰だって「お前」といわれるのは嫌いである。大したことない上司から「この仕事はお前がやれ」とか「お前だからしょうがないよな」とか言われて腹が立つことは誰しもあるはずだし、それに、そもそも自分の名前がある。自分の名前・名字を言えばこのトラブルは容易に避けられる。そんな容易な工夫が出来ない相手側に問題があるのは明白だ。与田監督の提言はもっともである。

 

 

 

しかし、それらを踏まえても与田監督の「お前~」発言は個人的にあまり賛同できない。これは、外野の意見と同じである。

 

 

 

そもそも、「お前」という言葉は、日本語の中でズバ抜けて広義な言葉なのだ。

 

 

 

確かに上記のように腹が立つ事もあるだろうけど、その原因を辿っていくと、「お前」を「命令」や「批判」として使っているからだ。

 

 

 

「お前がこの仕事をやれ」この文章は完全に命令文であるし、「お前だからしょうがないよな」とかはそれこそ「批判」である。つまり人をコマ扱いしたり、自分より明らかに下に見てナメているから腹立つのだ。もし発言者が対等な立場だと思ったら、そもそも蔑称は絶対に言わないし、人に仕事を頼む時は「ちょっといい???」の一つくらいあるものである。

 

 

 

でも、「お前」というのはこういった場合にのみ使う言葉ではない。

 

 

 

「お前やっぱスゲェな!!」と「尊敬」の意味でも使うし「お前に頼んで良かったよ」と「感謝」や「期待」を表す時にも使う。良い機会なので意味も調べてみた。元々「お前」とは、「御前」や『大前』という神仏・貴人を敬っていう言葉らしく、そこから長い年月を経て今のような形になったようである。

 

 

 

このように「お前」は非常に多岐に渡って使われる言葉で、「お前」と言われたからって、人を侮蔑している時もあれば、人を敬っている時もある。つまり、「シンプルかつごっつ難しい」言葉なのだ。

 

 

 

加えて、「お前」という発言の大きな特徴の一つに「良い悪いあれど、一定以上の関係性がないと絶対に出ない言葉」だということが挙げられる。

 

 

 

よもや内閣総理大臣に向かって、「お前がしっかりしていないからだ!!」と面を切って伝える一般人などいろう筈もない。そうバッシングしているのはいづれも「国会議員」という同じカテゴリに居る人達が大半だ。一般人よりも明らかに近い存在なのだ。もし、一般人で同じように言っている人を見かけたとしよう。もし見かけたらこう思うはずだ。

 

 

 

「うわぁ・・・この人とは関わらないようにしよう・・・」と思うのが関の山であるはずだ。

 

 

 

島田紳助に「お前は~」と勇猛果敢にツッコミを入れていたのは、他でもない明石家さんまである。同い年の同期の桜。誰よりも親しいし、誰よりも大御所である。もし、俺が「お前が~」などと島田紳助に突っ込んだとしよう(そんな場面絶対起こりえないが・・・)

他の芸人・視聴者の心臓が止まることウケ合いである。「神をも恐れぬ男」として逆に崇められるかもしれないが、一つ言えるのは命が幾つあっても足りないという事実だ。「お前」という言葉は、親しいからこそ出る言葉でもあるのだ。

 

 

 

改めて、サウスポーの歌詞を振り返ってみよう。「お前が打たなきゃ誰が打つ」は「打たなきゃ」という言葉が入っているので、「期待」の意味で使っている。しかも「他に打てる奴なんか居ない」という隠された意味も入っている。つまり「お前じゃ無くては駄目だ」という「他のバッターの評価を下げてまでも、今のバッターに懸けている」というメチャクチャ期待された歌詞である。

 

 

 

「お前じゃなきゃ駄目だ」と上の人に言われて嬉しくない人など居ないだろう。(ちょっとした胡散臭さも感じる時もあるが・・・) ともかく、これを言われて「う~ん」というのは「お前」を「侮蔑」の意味で取ってしまったからだと思うし、完全なミスリードである。

 

 

 

もし、これに怒る人が居るのなら、他のメンバーを下げている訳だから、ネクストバッターズサークルに居る打者か、ベンチで指くわえて待っている打者なら分かる。「オレジャ ダメ ナノカ・・・」とビシエドがガッカリしてたら、それはもう申し訳ないし、堂上弟が「うおーーー!!!!」とか言って猛然とベンチ横で素振りしてたら、ちょっと戸惑ってしまう。

 

 

 

しかし、今回文句を言っているのは他ならぬ与田監督で、全く下げられている対象ではない。評価できるとすれば、「誰かが傷ついてしまうかもしれない」と気を配りすぎた点だ。勿論、気を配るのは大事なことなんだけども、気を配るポイントがあらぬ方向に行ってしまった。気を配らなければいけないのは、今季フル稼働のロドリゲスや勤続疲労でクタクタな又吉なのである。2017年の50登板・110イニングという又吉の成績に勿論イエスは言えないし、それ以前にかなり寒気がする。もっとも与田監督の責任ではないのだが・・・

 

 

 

お前は失礼には当たらないという説明に関しては、これで切り上げるとして、次の論点は「何故、『名前』に変えて応援せずに、そのまま休止にしたのか」という点である。もっとも

 

 

 

「監督の意向を応援団に伝えた。応援団側もすぐ対応できず、いったん休止して調整するという話になった。前向きで友好的に進んでいる」

 

 

 

という球団側からのコメントも出ているので、休止にした理由もこのまま鵜呑みにせざるを得ないのだが、応援団側からしても、そりゃすぐに対応は出来ないだろうと頭を悩ませていることだろう。というのも「お前」という言葉は便利すぎるのである。

 

 

 

僅か3文字で相手に伝えられるという簡便さ。「期待」「尊敬」「親しみ」「軽蔑」「命令」とあらゆるシュチュエーションでも対応できるという、日本語屈指のユーティリティ性を併せ持つ希有な言葉なのだ。どんな人でも日本語のロースター入りさせているであろう屈指の万能選手である。

 

 

 

これが同じ3文字、例えば「あなた」とか「てめぇ」ではサウスポーの歌詞に乗っけたとしても同じように伝わってこない。

「あなたが打たなきゃ誰が打つ」では、プロ野球選手になる程の、筋肉モリモリマッチョマンに向けての言葉としては、どこか何とも言えぬ違和感があるし、「あなた」を使うことで逆によそよそしいイメージにも感じてしまう。

「てめぇが打たなきゃ誰が打つ」では、これはもう選手にリスペクトの欠片もないし、応援団にも何様だよと応戦せずには居られない。応援ではなくもはや闘争になってしまう。

 

 

 

では選手名を使うとどうなるのか。これは先述したよそよそしさも醸し出してしまうし、何よりも語感がかなり損なわれてしまう。

 

 

 

名字・名前ともに3文字の藤井 淳志なら、そのまま置き換えて使っても、リズムを損なうこともなく、ちょっとよそよそしさもあるが、取り敢えずサウスポーで伝えられる。しかし、高橋 周平なら4文字・5文字なので、どちらを使っても無理矢理歌詞に当て込むしかなくなってしまう。鼻歌で口ずさんだら一発で分かるはず。「しゅうへい 打たなきゃ誰が打つ」「たかはし 打たなきゃ誰が打つ」では「が」を犠牲にせざるを得ない。格助詞を言えないというハンデを背負う。

 

 

 

これがもう小笠原 慎之介の場合は大惨事である。5文字・5文字ではどうする事もできない。まぁ、投手だからほとんど打者として、この応援を受けることはないのだが、どうしてもこの場合は「お前」を使わざるを得ないだろう。また、ビシエドの場合は、名前がダヤンなので、「ダヤン」を使えば支障はないが、他球団ファンからしたら「???」である。ファーストネームがダヤンなのを知っているのは、中日ファンか、ホワイトソックス時代からMLBで追いかけている、コアなMLBファンしか居ないだろう。

 

 

 

それでも、「お前」を使わずにサウスポーを使いたいのならば、「3文字のアダ名」を使えば、語感を損ねず、かといってよそよそしさも出さずに、親しみを込めて伝えることも出来るだろう。

 

 

 

しかし、3文字のアダ名を各選手につけるってのもかなり難儀だし、アダ名こそ逆に選手の怒りを買ってしまう危険性もある。「ガッフェ」とか言われている栗山監督は端から見てちょっとかわいそうだ。ガッフェは「がっつりフ○ラ」の略らしい。

 

 

 

まぁこういうアダ名は影でしか言われないけど、こんなのを応援歌で言われたら堪ったもんじゃない。まだ「お前」の方がマシである。

 

 

 

 長々と「お前」について語ってしまったが、お笑い芸人の陣内 智則がもっと的確にコメントしている。本当にもっともだと思った。

 

 

 

プロ野球応援歌。

「お前〜」と歌う表現が不適切?

愛のあるお前。尊敬してるお前。

いよいよこんな時代?

「お前やないか!」という愛のあるツッコミも 「間違ってたらすみません…あなたではないでしょうか?」

とツッコまないといけない

クソおもろない時代に?

そんな事ないよね。。

 

 

 

「お前」

 

確かに言われるとムカつく時もあるかもしれないけど、冷静に考えたら様々な意味があって味わい深い言葉だと思う。「お前」が必要な場面というのは必ず存在するし、「お前」の代替の言葉は意外とない。パワプロくんでお馴染みの表現「そこのお前」も「そこのアナタ」になってたら拍子抜けだろう。フリーザが言っていたら話は別だが、フリーザが野球のコーチになる筈もない。

 

 

 

それ以前にプロ野球にはもっと先に直さないといけない問題があるはずだ。柳川事件からのプロ・アマの交流断絶から始まり、セ・パ戦力の不均衡・集客・TV離れ・人気下降・高校野球の球数制限・球児の減少etc・・・いつでも一寸先は闇なのだ。もっと言えば、一寸先は闇でないコンテンツなどないのだ。「お前」問題にこんなに足を取られている場合ではない。

 

 

 

もっとコンテンツとして進化を目指さなければ、明日にも衰退しているかもしれない。常に危機感を持って、プロ野球の発展に尽力を尽くして欲しい。そしてファンも一丸となって、いつでも満員でファンも一見さんも楽しめるような環境になるよう配慮すべきである。

 

 

 

一ファンより プロ野球の恒久の繁栄を願って 少しでも環境がよくなれば幸いです。

 

 

 

<これも是非>

 

 

 

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