インドのピラニア

野球・相撲 時々その他 自由きままに書く インドのピラニアのように

「動物番長」のヘンテコな世界を語りたい

子供の頃は、「いつまでこんな生活が続くんだ」と6・3・3・4 合計16年続く学校生活を、あまりにも長く冗長なものだと、机に伏しながら退屈に思っていたものだ。

 

 

 

が、そんな生活がいつの間にか終わりの鐘を鳴らし、過去を懐かしむ話をSNSで呟く「オトナ帝国」のような世界観が、スーモの巷にまるで嵐のように吹き付けてくる。そのような生活になっていた。クレヨンしんちゃんとは違い、この生活に嵐を呼ぶような出来事はない。

 

 

 

まぁ嵐は自分で起こすものだとは、高杉晋作が似たようなことをゆーとりますけども、社会人たるもの、やはり仕事で疲れて休日は家でグータラしたいものですよ。ゆとりのある生活、やはり良いですね。納期もなければノルマもない。そんなのんびりした日には、やはりゲームは欠かせないですよね。

 

 

 

ゲームをしていると、ふと仕事中にされた世間話を思い出した。相手は40前半の男性の上司で、9歳の息子がゲームに熱中しているという話をしていた。俺は話を合わせようと「息子さんはどんなゲームやっているんですか?」と聞くと、間髪入れずに「荒野行動」と返した。

 

 

 

その屈託のない返答に隠された、現在のトレンドの進み具合に俺はおののき、大いに驚いてしまった。まだティーンエイジャーにもなっていない、ポコチンに陰毛も精通も経験していない段階から、スマホを持ち歩き、オンラインでシューティングゲームに勤しんでいるなんて。

 

 

 

こんなのをそんな早くから経験していたら、ゆとり世代と常識も知識も物事に対する捉え方もまるで違うではないか。先人より遙かに、もっとクリエイティブに、もっと柔軟で多角的な思考を容易に行えてしまうのだ。2010年代生まれ。その思考能力たるや恐るべしである。

 

 

 

Amazon PrimeNetflixであらゆる過去作を映像で楽しめる今、この時期を子供として暮らしているなんて、めちゃくちゃな僥倖のように思える。ゆとり生まれだと、9歳の頃は通信ケーブルと遊戯王を公園に持って行って、やっと2人でゲームボーイアドバンスを遊べるようになり、アドバンス自体からライトを発していない為、日中は直射日光で画面が何も見えなくなり、せかせか日陰に隠れて遊んでいたというのに。

 

 

 

飽きたら遊戯王を何故か屋外でやって、それにも飽きたら公園でサッカーをする。それが俺の居た地区の定番の遊び方だった。それも今や昔。とんだ笑いぐさになってしまった。

 

 

 

こんなにコンテンツが増大した今では、「3980円は安すぎる」とメイドインワリオの安さに、子供・父兄がみな驚くことも、みんなで楽しんでいたTV・映画・遊び、画一化された常識も、たちまち脳裏から消え去り、ますます「常識が危ない」たけしの挑戦状の謳い文句が、世の中を混乱の渦に巻き込み、社長を殴って人生をリスタートすることになるだろう。というより今その渦のまっただ中に居る。悪いように書いているが、めちゃくちゃ良い事である。

 

 

 

さて、そんなゲーム中興期に生まれている人は、64とかゲームキューブの取っ手を掴み他人の家のリビングを陣取り、なるべく4人で収まるよう5人・6人呼ばないようにしながら、マリオパーティとかスマブラDXで「楽しい~~~」なんて言っていた訳で、今の子供が見たら、所さん以来の「目がテン」になることこの上ない。

 

 

 

そんな世代が「動物番長」なんか見たら「目がテン」ではなく「血がブシューーー」で肉を1枚・2枚とはぎ取られてしまうのではないか。

 

 

 

動物番長

 

 

 

今や、というか20年以上前から任天堂は王者として、日本ゲーム業界を牽引していた訳だけれども、1つだけ当時と今では決定的に違うところがある。

 

 

 

明らかに「万人受け」ではないのだ。それこそ、ゲームキューブ時代がそれの極地ではないだろうか。ゲームキューブが新発売で世に出るときに、最初に出されたゲームが「ルイージマンション」だった。

 

 

 

最初に出すゲームがマリオじゃないというハッチャけっぷりが、売上に良い訳が無く*1、見事にDVD再生も兼ねた怪物・プレステ2の後塵に逸してしまった訳だが、その勇姿はさっしーにはきちんと届いていた。アイドル離れの守備範囲。さすが日本バラエティの象徴である。

 

 

 

 

 

 

まぁ、最初にルイージから始めてしまうんだから、ゲームキューブは個性的なゲームが多く、あまり売上がついてこないものの、一風変わったゲームが生まれ続けていた。ピクミンもそうだし、動物番長こそがそれの代表格と言えるんじゃないだろうか。

 

 

 

まず、唯一無二のグラフィックが、目からがっつり脳天直撃カマしてくるだろう。もうずっとゲームキューブの擬「動物」化というべきか、それが正しいのか分からないが、動物にしてももっとやりようがあっただろう・・・という正方形の奇妙な造形の動物が、テクテク動いていく。というより地面を這っている。(説明書には「名前は本名を入力してみるのがオススメ。ゲームにコクが出ます。」制作者は想像通りのハイセンスな方である。))

 

 

 

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当たり前だが、さっしー動物番長の世界観は褒めていなかった

 

 

 

こんな文字通り裸一貫からスタートするのが、動物番長の特徴の1つ。他の動物と闘って、食事をして大きくなっているけれども、*2体を大きくしていく訳なんだけれども、そりゃドーブツなんだから、でっかくなるには

 

 

 

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喰って

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血、噴き出していかねーぇと

 

 

 

あきませんよね。大自然ですから。そこはリアリティにこだわらないと。もちろん、喰われて飛び出す、得も言われぬ悲鳴サウンド付きだ。「折り紙???」と見紛うような紫の血が吹き出るその姿は、まさに「女の子はこのゲームをやるな」という確固たる取捨選択の表れ。1人用のゲームなので、友達の気の合う女の子と狩り勝負をして、自分が喰われて女の子が泣きじゃくることが無くてラッキー。ルチアーノまで書くとマフィアだが、それだけは幸いである。その泣いてる姿を見て、妙な性癖が発現しなくて良かった。

 

 

 

もちろん「自分が喰われる」時もある。その時のやられ方ときたら、まぁ悲惨な光景なもんで、ゲーム史上最も残酷なのかもしれない。なにせ自分の肉を喰われて肉を裂かれてしまう訳で、まさか文字通り「身ぐるみを剥がされ」てしまう。そこに妥協はない。その肉を取り戻すには、喰った奴を喰い返すしかない。何ならレベルを上げると、相手の頭を喰らうこともある。それが自然の掟であり、動物番長の掟だ。

 

 

 

生々しい世界観の動物番長、「コウビ」という別の意味の生々しさもきちんと残している。そう、このゲームには「子孫を残す」というもう一つ大事な使命がある。

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体育会系の大学生かのような性欲

野生なのがまた説得力を生む、未だかつてない己に最も正直な主人公を操作できる利点がある。利点とは何だろうか?そんな哲学的な視点は、実家に帰って同級生と会った時にするとして、

 

 

 

ボスと闘い、レアな肉を喰った後に「1回」できるようになる。その肉を喰った後に「コウビ場」という風俗みたいな施設に突入する様は、まさに女に飢えたケダモノのオッサン。喰った数が少ないと寄ってくるメスが少ないのがまたリアル。自然界には、いやゲームキューブの動かしすぎて傷だらけになった小さなディスクには、まだ根強いヒエラルキーが垣間見えるのだ。

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まだ主人公がショボいので、メスが1匹しか寄ってこない図。逆に一途。

 そしてコウビした後

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果てる 首だけを残して、果てる

カマキリじゃないんだから。1度のコウビで死んでしまう情けない主人公。子供に主役をバトンタッチをする姿は茂野吾郎のようだが、吾郎は薫と情事を行った後に、気持ちよさそうに口をパカッと開け、シュールな首だけの変わり果てた姿にはならない。なるわけが無い。頭にデットボールなら有るかもしれないが。

 

 

 

自然界に硬球ボールは無いけれど、肉を喰われてメスと果てることがある。それが番長ワールド。これを繰り返して子供がドンドン強くなっていく。肉を1枚づつ増やしていく。

 

 

 

最初はブタとして3節*3まで増やした後、大きなメスに喰われて*4クマに転生する。そのクマで5節まで増やした後、またメスに喰われてトリに転生する。トリの6節になった姿がいわゆる「最強」の姿な訳だけど、トリだからといって全然地上をシャカシャカ走るし、全く飛ばない。何なら走って息切れしまくっている。おまけにクマよりトリが強いわけもない。そこを考えたらおしまいゲーなのが伝われば良い。そんな不思議な世界観がゲームキューブに広がっている。

 

 

 

「肉を揃えて違う形にヘンタイしていく」というコンセプトの元進んでいく動物番長。1通りなら「一獣の王」100通りなら「百獣の王」になり、百獣の王からラスボスに挑めるようになる。なれる形は全150通り。つまり150個の名前があるのだが、またそのネーミングセンスがウィットに富んでいて、例を挙げると、

 

 

 

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何度見てもシシュンキが酷い

この図が分かりやすい。種類によって付く名前にくくりがあり、淡色は「VHS」縛り、淡濃は「下着」濃色は「成長」という感じか。まぁ、そんな感じで他の色も名付けられている事が分かればありがたい。もう今の時代「マキモドシ」なんて言葉、ティーンエイジャーに分かるのだろうか。あのキュルキュル音はゆとり時代までのトマソンになってしまったなぁ。あと、言うまでも無く俺は濃色のメーミングセンスが好き。

 

 

色のついた、淡色ないし濃色の「ニク」を喰い、色を揃えて姿を変えていく。そのゲームシステムは分かった。しかし、「取りたくないニクを喰ってしまった・・・」場合、これにはプレイヤーは悩まされる訳で、色が揃わなくなるから、またイチから動物を喰って行くしかない。けどご安心。そんなことをしなくても「ウンコ」をすれば、入らない色を捨てられる。

 

 

 

TV画面でブリブリウンコを垂れ流す。*5当時はブラウン管のTVだったのに、今の4K時代では更にウンコがくっきりと見えてしまう。技術の進化に伴う功罪がプレイヤーを苦しめる。というより臭わせる。もっとTVが進化したら、本当に臭いまでこちらに届けられてきそうだ。

 

 

 

喰ったり喰われたり、コウビして頭にだけになったり、ついでにウンコしたりまた旨い肉を喰ったりしながら、百獣の王になり雄叫びをあげるのが動物番長である。何ともシビアでユーモラスなゲームだ。スマブラ参戦もちゃんとあり得ないだろう。清々しい姿勢だ。読者はしっかり読めよ。制作陣を少し調べると、そのほかの代表作に「巨人のドシン」が出てくる。予想通りだった。そりゃ作るわ。

 

 

 

最後に、そんな動物番長をこんな風に纏めているブログがあった。

 

 

 

 「動物番長」は、ある意味ですごく現実的なゲームだ。

 

 すべてが四角の組み合わせによってシンプルに表現されているからあまり残酷には見えないが、狩りの時は狩った相手から血が噴出し(血も四角い)、主人公がダメージを受けると頭から血を流したり体がとれたりする。

 

 また、狩り終ったあとは首から上だけが横たわり、コウビの直後には親の死も見取ることになる。
 

 コミカルに描かれているが内容はまさに「野生の王国」であり、テレビなどでよく見かける「弱肉強食」や「自然の摂理」である。
 

 子供には「勧善懲悪」的なゲームをプレイさせるより、もしかしたら「動物番長」を遊ばせた方がいろいろな意味で教育にいいかもしれない。https://game.watch.impress.co.jp/docs/20020308/ban.htm

 このコメントに一言。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなわけねーだろ。

 

 

 

<これも是非>

 

mochan9393.hatenablog.jp

 

 

mochan9393.hatenablog.jp

 

 

 

シーユーアゲイン なにもあげん。

*1:もちろん、SEGAとか他のゲーム会社から見れば、良い売上数ではあったが

*2:この世界では「動物」を「ドーブツ」と明記している。以後、このブログでも「ドーブツ」と表記していく

*3:肉の数、動物番長の単位は節

*4:もうその説明は長くなるし、面倒なのでプレイ動画を見るべし

*5:画像が見つからなかったが、カラスみたいなウンコを出しています。ついでに湯気も付いてくる