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「知っているようで知らなすぎる名選手」 その2 大杉 勝男

「知っているようで知らなすぎる名選手」を徒然と伝えていく、このちょっと緩い連載企画。この度、待望の第2弾を開催しようかなと思います。

 

 

 

前回は、デビューした年に四死球>被安打というとんでもないノーコンとして名を馳せた200勝投手、巨人の中尾選手についてでした。今回はそんな激レアさんではなく、もう少し、いや大分知名度がある選手を紹介していこうと思います。

 

 

mochan9393.hatenablog.jp

 

 

 

今回紹介する選手は、「両リーグで1000安打」「両リーグで1000試合出場」を初めて成し遂げた「月に向かって打て」で野球界を駆けた名選手についてです。

 

 

 

それでは第2弾の紹介をしていきたいと思います。 

 

 

 

今回紹介する選手は大杉勝男さんです。

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wikipediaの写真を拝借したんですが、これは良すぎますね・・・

 

 

 

通算本塁打数484HRは、NPB全体から見ても堂々の9位。「ミスタープロ野球長嶋茂雄のHR数を軽々上回り、その上を見ても王・野村・門田に山本浩二など、プロ野球をしょって立った大御所の名前しか無い。現役No.1のHR数を誇る、西武・中村剛也でも現在415HRで、現在36歳のおかわり君にとってはかなりイバラな道のりになる。

 

 

 

では、何故そんなビックネームとも言える大杉選手を取り上げたのか。答えは簡単で、「筆者が生まれる前に亡くなっている選手」だからだ。

 

 

 

没年は1992年で、今から28年も前の話である。現在から数えるより大阪万博(1970年)から数えた方が早いのである。もうとんでもなく昔の選手になってしまった。何しろ、大杉を見いだした人物が、「ミスタータイガース」の藤村富美男であり、「そこまで薦めるんだったら、さぞスゴい打者なんだろうと」獲得にゴーサインを出したのが、水原茂である。もう「野球史」と言って差し支えない選手に持ち上げられている。

 

 

 

それでもって、ヤクルト時代はベストナイン・ゴールドグラブの受賞もなしで、理由は巨人にワンちゃんが陣取っているからである。「生まれてきた時代が悪い」と言ったら、天国の本人は難色をしめすかもしれないが、本来ならもっとタイトルを保持してもいい選手でしょう。ディープインパクトが居た時代のリンカーンのような立ち位置。*1

 

 

 

大杉勝男の魅力は、ミート力を兼ね備えた希有なHRバッターであったことが挙げられる。首位打者こそないけれど、打率.320以上が4度。特に81年は大ベテランであるにも関わらず.343という高打率。争ったライバルが藤田平篠塚和典と1世代いや2世代は下なんじゃないか??と思わせるほど、その活躍時期は息が長い。

 

 

 

それでも首位打者は1回も取っていないのである。理由は簡単で、日曜日にバーチャル出演でコロナもへったくれもない安打製造機が居るからである。これはテイエムオペラオーが居た時代のメイショウドトウである。*2

 

 

 

更に特筆すべき数字は三振の少なさ。四球>三振のシーズンは3回。同数のシーズンを加えるともう1回増える。特に1972年のシーズンでは40HRに対して、三振数は僅か58個で、これは驚異的である。痛い目を見る確率が高すぎるし、「勝った」と思わせる打席もなさ過ぎる。とんでもない打席内容である。

 

 

 

さて、そんな大杉を育てたコーチである飯島滋弥さんという人物なのだが、この人もエピソードに事欠かない。実は、ゲーム最多満塁本塁打・イニング最多打点・ゲーム最多打点の日本記録保持者であり、現在も破られていない偉大なタイトルホルダーでもある。「視力と右膝が悪くて軍隊に招集されなかった」という「なら野球するな」と突っ込める謎エピソードもある。

 

 

 

その弟子も、やはり武勇伝を持っている訳で、最も有名なのが1970年の西鉄ボレスとの乱闘。どうやら2塁ベースカバーに入った大杉と、ランナーのボレスとの間に接触があったらしく、いきなり「野球」格闘技戦に。その乱闘で大杉は、ボレスに対して右ストレートを一閃。大杉曰く「びっくりするくらい見事にアゴに決まった」らしく、膝から崩れ落ちたらしい。

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ボレス選手の画像 チビりますね・・・

 

 

 

ちょっと目元の所加工してない??ってな画像だが、これしかなかったのでしょうがない。とにかくこのバリバリの黒人に殴り合いをしようとする根性。一流特有のイカれ具合が出て良いですね・・・。

 

 

 

この乱闘には続きがあって、この乱闘で退場になったのは、膝から崩れ落ちたボレスのみ。大杉は不問でそのままプレーを続けている。新手の人種差別かと思われたが、審判曰く「パンチが早すぎて見えなかった」らしく、大杉はこの試合4-4と大活躍して、記者から「5打数5安打だな。7回の一発は見事だったね」 とからかわれていた。審判の理由も大概である。

 

 

 

一方殴られたボレスは、翌日に大杉と仲直りをしたらしく、この一連の騒動に幕を下ろしたわけだが、ボレスは前年にも大騒動の火種を巻いている。報知新聞の番記者に、「ウチにわざとミスエラーする選手がいる」と漏らし、これが発端となり、プロ野球史上最大のスキャンダル「黒い霧事件」が露わになった。*3

 

 

 

そんなボレスだが、引退もちょっとしたネタを落としてくれた。宿泊費の値上げがあまりにも露骨で、「体力も衰えてきた。快適なホテルで過ごさないと力が発揮できない。このままだと引退だ」とゴネたら、球団から煙りたがれクビになってしまった。帝国ホテルが1泊6500円の時代に1万円も要求していたらしい。とんだノックアウト外人である。

 

 

 

大杉の引退はというと、これはもう野球ファンの間では語りぐさになっていて、「(あと1本を)みなさまの夢の中で打たせていただければ、これに勝る幸せはありません」この1フレーズで、大杉勝男の名は伝説になった。セ・リーグで199HR打ってあと1本で200HR。史上初の両リーグ200HRを、あと1歩届かず引退を決め、引退セレモニーで言った名セリフである。

 

 

 

もうひとつ、大杉には特徴的エピソードがある。かのノムさんが「王や長嶋はヒマワリ。それに比べれば、私なんかは日本海の海辺に咲く月見草だ」と呟いた名言に対して大杉、「野村さんが月見草なら、僕は神宮のカスミ草」と返したそう。そして、その直後ふとこう思ったらしい。

 

 

 

「張本さんをどうするか考え、一瞬”雑草”と思った」

 

 

 

これは流石に”草”である。

 

 

 

〈これも是非〉

 

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シーユーアゲイン なにもあげん。

 

 

 

 

 

 

 

*1:リンカーンコースレコードで走っていても、ディープインパクトが5馬身先で走っていたりした

*2:何回レースをやっても、判を押したかのように1馬身先にテイエムオペラオーが居た

*3:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E3%81%84%E9%9C%A7%E4%BA%8B%E4%BB%B6_(%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%83%97%E3%83%AD%E9%87%8E%E7%90%83)